朝一番から電波びんびんHOTな話題ワードをテーマに文章綴る。寝惚けた頭に目覚めの一発。日々命題第126回目のテーマは「宇多田ヒカル 人間活動専念の真意」だ。

 11月21日、宇多田ヒカル氏が公開放送に出演し、約三ヶ月半振りに公の場に姿を見せた。人間活動専念の捏造記事への反論や、クオリティの低い便乗商品の不買い運動の呼び掛けなど、Twitterなどで彼女の活躍は注目されていたために、公の場に出ずとも身近に感じていた方も多いのではないだろうか。

 そんな宇多田ヒカル氏が、自らの口で"人間活動専念"の真意を語った。その内容は要約すれば、「アーティストという特殊な生活空間に身を置いていると一般常識というものが身につかない。光熱費の計算もしたことがないまま、40歳や50歳の痛いおばちゃんになるのは嫌だった」という趣旨のものであった。

 我々一般人からすれば芸能人は高嶺の花である。別次元の住人であるために、そこまでその生活等々がどんなものであるかを知ることは出来ない。聞こえてくるのは芸能リポーターによる下世話なゴシップばかりであり、汚れた世界だという認識ぐらいしかないはずだ。

 しかし、芸能人ということは、その人間自体が商品なのだ。商品価値が有れば、それが生み出す利益を逃すまいと、回りはちやほやとし続ける。それが「スタッフによって守られる」という表現なのだろう。過保護な状況を三十路手前にして改めて気付き、これではいけないと考え直したのかもしれない。

 誰も助けてくれない。そんな0の状態に戻りたい。というのは、そうした過保護な状況からの脱却を意味しているのだろう。教育ママにせよ、ダメンズウォーカーにせよ。過保護は自己満足に過ぎず、相手のためには1ミリたりともならないという自覚が必要だ。水平社宣言でも、そのようなことを叫ばれている。

 ただ、過保護にされることは気分の良いものであり、所謂ぬるま湯なのである。そこから抜け出すことは容易に決断できるものではない。だからダメンズウォーカーにダメンズは依存し精神的にも経済的にも寄生し続けるのであるし、スネ夫はピンチのときにはママに助けを求めるのである。

 今回、宇多田ヒカル氏は諸外国にてボランティア等をするということを仄めかしていた。ぬるま湯から飛び出ることだけでも相当な勇気を要しているであろうというのに、厳しい環境へ裸一貫で飛び込んでいくというのだから感服の一言である。

 丁度、今週最終回を迎える龍馬伝が大政奉還の下りであった。徳川慶喜公は徳川幕府というぬるま湯から抜けだし、諸外国からの圧力に立ち向かうために内戦を最小限に収めるための決断をした。それが大政奉還である。内戦によって国家が披露すれば、欧米列強国の植民地とされる恐れがあったからだ。

 宇多田ヒカル氏の今回の決断と、徳川慶喜公の大政奉還の決断は同じ類の決断である。双方の英断に拍手喝采を送りたい。願わくば、宇多田ヒカル氏の覚悟は報われることを祈るばかりである。

(ライター/元弥きと)


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