前回前々回と、新刊『還暦探偵』(新潮社/刊)を刊行した、直木賞作家の藤田宜永さんに、今作の執筆エピソードをお聞きしました。
 さて、今回はテーマを変えて、現代の“小説”“読書”について。文学賞の選考委員もされているだけに、藤田さんはこれらの移り変わりには敏感になるようです。

◇ ◇ ◇

■探偵小説ではないのですが、“人生の探偵小説”だと思って読んで欲しい。
―私自身小説が好きでよく読んでいますが、周りの人間はあまり読みません。活字離れが叫ばれていることもあって、「小説を読む理由」や「現代における小説の存在意義」について考えるようになったのですが、藤田さんはこの点について何かお考えはありますか?

藤田「すごく考えるね。新人賞の選考委員をやっていて感じることだけど、ずいぶん本の読み方も変わったと思うね。
面白い話ってアニメでもゲームでも映画でもあるじゃない。で、エンタメと言われる。小説もそこにひっかかってくるんだけど、どうもその違いははっきりしないのね。つまり“面白い話が書ければ小説家”と思っている人が多いのよ。でも面白い話も色々あって、例えば物語性は希薄だけど面白い話ってあるじゃない。
“ここでどんでん返しがなきゃいけない”とか“なんかとんでもないことが起こらなきゃいけない”とか、そういうのってアニメの影響だなって思う。僕は一番初めから今の大衆文学に行ったわけじゃなくて、ヘンリー・ミラーも三島由紀夫も吉行淳之介も好きだった。でも彼らの作品に物語性はあまりないんだよね。でも、そこには何か自分を刺激するものがあった。それって活字ならではのものじゃない」

―なるほど。

藤田「僕は『007』が大好きだったけど『007』のような小説を書きたいとは思わなかった。物語性以外にも、活字にはいろいろな要素があるよ。例えば三島は、感動なんてあってもなくてもいいと言っている。人生読本になっている必要もないし、逆に悪い人や悪いことばかり書く必要もない、そんなことはどうでもいいと。あんまり面白くないんじゃないの、と思いながらも魔に取り憑かれたようにその小説を読んでしまう。つまらないと思って本を閉じても“やっぱりもう一回読んでみたい”って思うような小説が理想だと言ってる。でも今はまず“感動”じゃない。
俺は“この本は元気をもらえます”っていうのが嫌いなんだ。確かに、読んで何かを感じて、視界が開けたりすることは結果的にはあるし、感動することもある。でもさ、感動や元気がもらえなかったら小説は読まないよ、という風になりつつある。本の読み方なんて読者の勝手なんだけど、感動するシーンばかり探して読むっていうのは寂しいよね」

―泣きたいから映画を観るという人もいるくらいですからね。

藤田「泣いてしまう映画はあるよ。感動しちゃいけないわけではないからさ。読書に関していえば、今は等身大の本しか読まれなくなった感じもするね。僕の学生時代は読む本といったらおじさんの本ばっかり、同世代の作家なんてほとんどいなかったからね。まあ新人賞を取って文芸誌には載っていたかもしれないけど、それでもほとんどいなかった。村上龍くらいかな。
だからさっきも言ったヘンリー・ミラーだったり三島由紀夫を読んだりするんだけど、当時の自分からしたらものすごいおじさんじゃない。でも何の抵抗もなかったよね。この本を開くとなんか面白いことがあるんじゃないか、っていう“活字の神話”があったんだと思うんだけど。
今は小説が“考える道具”から“感情をぶつける道具”になってしまっている気がする。もちろんそういう読み方もあるとは思うけど、我々が若いころとは期待しているものが違うんだなと思うね」

―ヘンリー・ミラー、三島由紀夫、吉行淳之介と挙げていただきましたけども、他にはどんな作家がお好きだったんですか?

藤田「高校の時に芝居をやっていて、その時はサミュエル・ベケットをやっていたんだよ。小難しい奴を。あとはジャン・ジュネやシュールレアリズムが好きだった。もちろん若いから“かぶれ”みたいなものだったんだけど、でも“かぶれる”っていうのは大きいからね。
高校生にサミュエル・ベケットなんてわかるわけがないじゃない、今でもわからないもの(笑)だけど何だかわからないで喋っているうちに、他の人の意見と組み合わさったりして、段々とわかってくるものなんだよね。わかったふりしてしゃべっているうちに自分のものになっていくっていう」

―僕の周りだと、そういった“麻疹”的な作家って村上龍さんでしたね。

藤田「そうだよね。『コインロッカー・ベイビーズ』なんかはすばらしい小説じゃない。
好き嫌いは別にして、僕の時代の作家では村上龍と村上春樹が大きな柱だったと思うね。ムーブメントとして残るような作家はそれから出てきてないから」

―藤田さんといえば、ご自宅に大変な数の蔵書があるということで有名ですが、最近読んだ本で良かったものはありますか?

藤田「最近新しい本を読まないで古い本ばっかり読んでいるんだよ。もう坂口安吾の『白痴』を読み直すとか、そういうことがすごく多いの。だから新しい本はあまり読んでないんだよね。読みたい本はあるんだけど」

―藤田さんが、人生で影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介願えますか?

藤田「まずは吉行淳之介の『暗室』。あとはヘンリー・ミラーの『北回帰線』。あとはレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』かな」

―最後に、読者の方々にメッセージがありましたらお願いします。

藤田『60歳前後の男を中心にした、黄昏れてはいないけど盛りを過ぎた男の話です。恋もあれば友人関係もあり、という短編集。タイトルは『還暦探偵』となっているけど探偵小説ではなく、“人生の探偵小説”だと思っていただければいいと思います。是非お買い求めください(笑)』

■取材後記
今年還暦を迎えるとはとても思えないほど若々しい方だった。
ご自身の創作活動や、愛読したという三島由紀夫やサミュエル・ベケットについて熱っぽく語る姿は、きっと若いころから何も変わっていないのだろう。
小説でも、音楽でも仕事でも、好きであり続けるのはすごいことだ。
情熱こそが人を導くのだと強く感じた取材だった。
(取材・記事/山田洋介)

(第1回「東京に来ている時は遊んでる」 を読む)
(第2回「未だに僕もかみさんとディベートしてる」 を読む)


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