刑務所といえば犯罪者が収監される場所、厳しい規律もあるし、どちらかといえば怖いところというイメージがあるが......。ある刑務所には、認知症の高齢者や身体の不自由な人やオカマばかりが集められているという。栃木県にある黒羽刑務所第16工場だ。『名もなき受刑者たちへ』の著者・本間龍はここで"用務者"という懲役労働に従事した。

 認知症高齢者や障害者は、健常者と同じスピードで同じ作業をこなせないことから"作業不適格者"と呼ばれる。日常生活でも突発的な事態が発生しがちだ。そこで、彼らをお世話する用務者の登場となる。本間氏は普通に生活していればまず目にしない、「そんなバカな!」と思ってしまう光景を目の当たりにすることになる。例えばこんなことだ。

 工場での刑務作業が始まったとき、手を上げている人がいた。本間氏が近寄って声をかけると彼は非常に困った顔でこう訊ねてきたのだ。「あの......私の名前はなんでしたっけ?」

 また別の日のこと。孤独な認知症の老人たちの話し相手になってくれたのは、オカマのオネエさまたちなのだが、彼女たちが"卒業(出所)"するとき、あるご老人が泣きだした。「俺を置いていかないでくれよ、一緒に連れてっておくれよ」......。

 ほかにも、居るはずのない女の幻覚を見る人、とても男らしかったのに一夜明けたらオカマになっていた人、共用石鹸の減りが早いと思ったら盗んで食べてた奴、呆けてしまって自分の罪がわからず周囲に尋ねる人などなど、ウソのようなホントの出来事が次々と起こる。これだけだと「笑い話を集めたムショ物の本でしょ?」と思う人もいるだろう。だが、本作品はそれだけでは終わらない。

 出所したばかりの人が「刑務所に戻りたかった」と言ってタクシーに無賃乗車したり、無銭飲食をしたというニュースを聞いたことはないだろうか。この手のニュースを聞くと、「刑務所ってそんなに戻りたくなるような場所なんだ」と思ってしまうが、実はこの話、知れば知るほど、本作品を通して著者が訴えようとしている問題が内包されている。

 数年間刑務所に入っていると、住民登録が抹消されて住民票がなくなるため、出所しても生活保護など再出発のための公的扶助が一切受けられない。また、時給6円の作業報奨金(懲役作業の代金)をいくら貯めても、3〜5年服役の後、出所の際にもらえるのはたった数万円。そして、出所者とわかれば、どんな会社も雇ってはくれないから、いつまでたっても生計の見込みは立たない。要するに、出所者には金も職場も住居も無いし、公的援助も一切ないから、身寄りがなければ生活出来ないのだ。

 結局、金もなく頼れる身内がいない、特に高齢者や障害を持った出所者は、せっかく復帰した社会で生きる場所がないために、再犯を犯してまた刑務所に戻らざるを得ない。だからいつまで経っても再犯率が下がらない。本書ではそうした現実もクールに描き出し、その解決策を呈示している。

 本書の前半で綴られてる奇想天外な毎日を思わず笑いながら読んだ人も、後半の問題提起にはヒヤッとするはずだ。罪を犯したとはいえこれほど純粋無垢な人々がまったく救われないという現実、しかもこういった人々は増加する一方だという事実。自分には関係ないと思いがちな、現在の刑務所行政について深く考えたくなる一冊だ。



『名もなき受刑者たちへ』
 著者:本間 龍
 出版社:宝島社
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