若者革命論

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

若者革命論
経済の停滞が長い。小泉改革や政権交代でもそれが打破できず、社会に不満が充満している。とりわけ最近は「若者は搾取されている!」という主張が人気のようだ。無理もないと思う。卒業していきなり就職難。そんな状況にしておいて「最近の若者は元気がない」とマスコミは騒ぐ。ブチ切れたくもなるだろう。

バブルのころはフリーターが流行った。いつでも就職できるから、あえて定職につかずアルバイトで自由に生きるという生き方だ。実際1980年代の好景気はそれを可能にした。働きたいといえばどこでも二つ返事で雇ってくれるという状況だった。それも今は昔。

「なぜこんなに不幸なんだ!」と思うとだれでも理由を探したくなるものだ。こういう時に流言飛語や陰謀論のような虚構がまかり通る。年長者は「若者が元気がないからだ」といい、若者は「年長者が搾取しているからだ」という。

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で、おれなりの虚構を一つ(笑)。日本経済の長期低迷の原因は国内にはない。なぜか日本人は自分の中に原因を求めるのが好きで、国内のあれが悪いこれが悪いと言いはじめる。しかしもう15年もそうした原因を探しているのに見つからないのだから、そろそろ探す場所を変えたらどうだろうか。

要するに世界の中での日本の立ち居振る舞いに国内の不況の原因があるのだ。どの国も自国の利益を確保するための戦略を練り、それに基づいて行動している。自国に有利なように他国に圧力をかけるわけだ。アメリカや中国が日本に対してしているように。

ところが日本は平和教育の成果か、そういうことは“してはいけない”という価値観に凝り固まっている。海外に経済援助をするなら、見返りに日本のために働く傀儡(かいらい)的な政治家をその国の政権につけるよう工作すべきなのだ。日本の機嫌を損ね、日本の援助が途切れたらその国が立ちいかなくなるような形で、支援をすべきなのだ。半永久に日本に対する依存を植え付ける。

ここまで読んで「反吐が出そうだ」と感じたなら、それはそういう教育に毒されている証拠。他の国はみんなやっていることだ。日本だけがやらない。だから日本だけが不利な状況で戦い続けなければならない。不幸の原因を常に自分の内側に求めようとする考え方こそが、不幸の根源的な原因だということに、いい加減気付こう。

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若者は搾取されている……という主張はおそらく正しくない。しかし歴史は正しい主張によって動いてきたわけではない。むしろ勘違いや個人的な感情によって大きな転換を迎えてきたと思う。革命に正しい理由はいらないのだ。

もちろん正しい主張に基づかない革命は、早々に危機に陥るだろう。正しいと思って実行した政策はことごとく裏目に出て、社会は革命以前よりも混乱し経済も惨たんたるものになるだろう。そうなった後に「では、どうするか?」となる。

そういう惨状と引き換えにしてでも、獲得するメリットのあるものが一つだけある。それは上述のような戦後の平和教育に毒され身動き取れなくなった現在の日本の価値観の破壊だ。それぐらい大きなものと引き換えにしなければ、もはやこの価値観は打破できないだろう。平和教育が植え付けられたのは敗戦・占領という日本にとってとてつもなく大きなできごとだった。ならばそれを覆すのにも、同じぐらい大きな荒療治が必要だろう。

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明治維新も黒船襲来をきっかけに始まった。世界の中で日本国がどう振る舞うべきか? を問われた時に、既存の徳川幕府では国益を守れないという主張が革命を起こしたわけだ。危機が国内問題だけであれば徳川幕府は続いただろう。日本国民は国内的な問題では立ち上がらない。しかし対外的な危機なら、それができる。

きっかけは何でもいいのだ。誤解でもいい。虚構でもいい。「おれたち若者は搾取されている」という幻想でもいい。それに酔うことさえできればいい。革命の本当の意味は、政府を倒すことではなく、自分たちを縛っている価値観を壊すことなのだ。

いきなり他国を敵対視することで革命を起こすのは、どうも平和教育の洗脳下では難しいようだから、まずは国内の既得権者へのやつ当たりを原動力にしてもいい。しかし最終的には上述のように平和教育に基づく価値観を覆さなければ、いくら国内の既得権を破壊しても日本は世界の中で再生できない。「他民族に搾取されている」では闘志が沸かず、「同胞に搾取されている」というと闘志がかき立てられるのは 困ったものだがしかたない。赤の他人よりも身内を憎悪するのは、美徳というよりも幼稚以外の何者でもないと思うのだが。

戦争も政治の選択肢の一つとして肯定されなければならない。別に特別なことではない。他の国と同じ条件で駆け引きするということだ。他の国が必要なら国民の命を犠牲にしてでも国益を守ると言ってるのに、日本は国民の命は犠牲にしたくないというのでは、国益を守り通せるわけがないだろう。そんな虫のいい話はない。革命を起こすならそこまで覚悟して起こすべき。

日本人は戦略と礼儀をはき違えている。自分がされて嫌なことは相手にもやらない、これは礼儀だ。しかし企業と企業や国と国は一定のルールのもとで勝負をしているのだ。将棋で自分がされると嫌な戦法は、相手にも使わない、とかあり得るだろうか(笑)。

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『Google』で“若者”“搾取”を検索してみて驚いた。まあ、いろんな人がいろんなことを言っていること。でも言ってることがみんなバラバラなんだよね。つまりこの2つのキーワードを入れて何か言えば、若者にウケるということなのだろう。ちょっと前の“Google革命”とか“Web2.0”と似たようなものだ。きっと何年かすれば何もなかったかのように忘れ去られる。地球温暖化も、あれほどせっぱつまったかのように「一刻の猶予もならない」と言っていたのにブームが過ぎれば……。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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