【ノーベル化学賞】炭素をつなぐ最良の方法『鈴木カップリング』(2)

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今回は佐藤健太郎さんのホームページ『有機化学美術館』からご寄稿いただきました。

炭素をつなぐ最良の方法『鈴木カップリング』(2)
この記事はこちらの記事のつづきです。
【ノーベル化学賞】炭素をつなぐ最良の方法『鈴木カップリング』(1)
http://getnews.jp/archives/80644

『鈴木カップリング』(または『鈴木−宮浦カップリング』)は、他のカップリング反応で用いられていた有機金属化合物の代わりに、有機ホウ素化合物を使う反応であると述べました。そしてこのホウ素を使うという一見小さな改良は、今までの有機化学の常識をひっくり返すほどの巨大なメリットをもたらしたのです。
有機化学美術館
『鈴木カップリング』概念図。ピンクはホウ素、紫は臭素またはヨウ素。

有機金属化合物は一般に反応性が高く、いろいろな反応に応用できますが、このことは裏を返せばデメリットにもつながります。つまり有機金属化合物は反応させたい相手(ハロゲン化物)だけでなく、カルボン酸・エステル・アミド・アルコール・アルデヒドなど多くの官能基とも反応してしまうので、これらが共存する分子相手には使えないのです。有機ホウ素化合物はこれらの官能基とは反応しませんので、カップリング相手を選ばず、保護など余計な手間を必要としないというメリットがあります。

また有機金属化合物は反応させたい相手だけでなく、水や空気とも反応してしまいます。よく用いられる有機マグネシウム試薬は空気や溶媒に含まれるごくわずかの水分だけで簡単に分解してしまいますし、有機亜鉛化合物に至っては空気に触れるだけで発火してしまう極めて危険な化合物です。このためこれらを用いる時には実験器具や溶媒から細心の注意を払って水分を除き、空気に触れないよう乾燥した窒素ガスでフラスコを満たすなど、様々の配慮と熟練した技術が必要になります。

これに対して有機ホウ素化合物は水や空気に対して全く安定であり、多くは結晶性の固体として長期間の保存が可能です。反応を行う時も神経質に水分を除く必要はなく、それどころか水を溶媒に使ってさえ問題なくカップリングが進行します。こんな炭素−炭素結合生成反応は他にほとんど例がありません。

また副生成物はホウ酸塩なので毒性はなく、しかも水洗いで簡単に目的物から除けるため、全くの初心者が実験しても問題なく目的物が得られるほど操作も簡便です。こうした特長は実験室レベルではもちろん、工業的規模で反応を行う時に特に大きなメリットとなります。

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『鈴木カップリング』の最も得意とするビフェニル骨格の形成は、経済的に付加価値の高い化合物の合成に直接結びつきます。例えば電卓などの液晶表示に用いられる5-CBの生産に用いられていますし、新しい光源として現在大きな注目を集める有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)の材料にもこの構造を持つものが少なくありません。

資源の少ない国である日本の未来はこうした新技術の開発にかかっていると言っても過言ではありませんが、『鈴木カップリング』という優れた反応はそれを根底で支える基礎技術であるわけです。
有機化学美術館
(上)液晶表示に用いられるペンチルシアノビフェニル(5-CB) (下)有機ELの電子輸送材料PBD

また『鈴木カップリング』は強力な血圧降下剤である『バルサルタン』や、殺菌剤『ボスカリド』の合成などにも大規模に使用されており、近年では巨大なプラントでトン単位でのカップリング反応が行われています。
有機化学美術館
アンジオテンシンII拮抗(きっこう)剤バルサルタン(左)と殺菌剤ボスカリド(右)。図の矢印で示した部分が『鈴木カップリング』で作った結合。

『鈴木カップリング』は医薬の探索にも大きな威力を発揮しています。医薬を創る第1段階は、標的となるタンパク質に最もフィットする化合物を見つけることですので、我々研究者は分子のあちこちをいろいろと取り替えた化合物をたくさん合成し、評価する作業を繰り返すことになります。特に90年代以降は自動化された機械によって多数の化合物をまとめて作る『コンビナトリアル・ケミストリー(コンビケム)』という技術が発達し、飛躍的に数多くの化合物が作り出せるようになりました。

といっても、このコンビケムに用いる反応には高い信頼性が要求されるため、炭素-炭素結合生成反応としては『鈴木カップリング』が使用可能なほぼ唯一の反応となっています。

これに対応するため有機ホウ素化合物が試薬として大量に市販されるようになり、ほんの10年前には十数種類しかなかった有機ホウ素試薬は現在数千種が市販され、売り上げも毎年2ケタペースの伸びを示しているそうです。『鈴木カップリング』のための試薬をまとめて販売する専門のベンチャー企業まで現れていますから、大げさに言えばこの反応はひとつ新しい産業を生み出してしまった、とさえいえるでしょう。

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もちろん最先端の精密有機合成の分野にも、『鈴木カップリング』は大きな影響を与えました。有名な例としては、イワスナギンチャクが作り出す最強レベルの海産毒・パリトキシン * の全合成があります。

1994年にハーバード大学の岸教授らによって達成されたこの全合成は今でも有機合成化学の金字塔として讃(たた)えられていますが、この鍵(かぎ)ともいえる段階、巨大なユニット同士を接合させるステップに『鈴木カップリング』が採用されたのです( J. Am. Chem. Soc., 1989, 111, 7530 )。こうした極めて複雑で多数の官能基を抱える化合物の合成に適用されたという事実は、『鈴木カップリング』の高い信頼性を全世界に印象づける結果となりました。

*「海洋生物の毒」『有機化学美術館』
http://www.org-chem.org/yuuki/marine/marine.html

有機化学美術館
パリトキシン全合成中間体。矢印で示したのが『鈴木カップリング』で作った結合。緑色はケイ素。

こうした大きなパーツ同士のカップリング反応では、反応点同士が出会う確率が低くなるため非常に反応が遅くなります。岸らはこの点について様々な検討を行い、水酸化タリウムという特殊な塩基を用いると反応速度が1000倍にも上がることを発見し、この大きな難関を乗り越えました。新しい反応が、天然物全合成という厳しい条件の場に投入されることで鍛えられ、改良された典型的なケースといえるでしょう。

もちろんこうした情報は実用的な化合物の合成にフィードバックされ、我々の生活を支える有用な化合物を生み出すことになります。一見無駄な化合物を手間暇かけて作っているだけに見える全合成というジャンルの、ひとつの大きな存在意義です。

近年、『鈴木カップリング』の応用はさらに増え、適用範囲もどんどん広がっています。『鈴木カップリング』はsp2炭素(二重結合を持つ炭素)同士の結合に有用であると述べましたが、これがsp3炭素(単結合の4本の腕を持つ炭素)にも適用されるようになってきました。これはもともと鈴木教授自身も報告していたことではありますが、近年の多くの研究によって磨きがかかり、さらに実用性を増しています。こうした反応は他の『クロスカップリング反応』では実現できないケースが多く、『鈴木カップリング』だけが持つ大きな長所の一つです。

最近達成された佐々木らによるギムノシンAの全合成では、この『アルキル鈴木カップリング』が分子内の5か所で効果的に用いられました。難攻不落の巨城を思わせる化合物ですが、これを陥落させる主要兵器としてその威力を存分に発揮したといえるでしょう( J. Am. Chem. Soc., 127, 4326 (2005))。
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Gymnocin A。矢印は『アルキル鈴木カップリング』で作った結合。

また、以前はカップリングの相手はヨウ化物、臭化物に限られていましたが、近年Buchwald・Fuらによって触媒の改良が急速に進み、反応性の低い塩化物も十分カップリングに適用できるようになってきました。塩化物はコストが安く、また触媒の量も減らせるため、工業的にも大きな意味を持つ改良といえます(総説:Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 4176、有合化 2001, 59, 607)。
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高機能配位子の例。かさ高く、電子豊富である点が重要。

『鈴木カップリング』によって有機ホウ素化合物の有用性が見直された結果、これを用いた新たな反応も研究が進んでいます。不斉1,4-付加(Synlett, 2001, 879)や銅を用いた炭素−窒素結合生成反応(Angew. Chem. Int. Ed., 2003, 42, 5400)など優れたものも多く、これらも広い意味で『鈴木カップリング』から派生した反応と考えることもできるでしょう。優れた研究のもたらす、大きな波及効果の一例です。

ただし『鈴木カップリング』も完全無欠の反応ではなく、課題も残っています。現在のところ技術的に大きな問題は、触媒パラジウムの存在です。普通触媒は基質に対して0.1〜数%も加えれば反応は進行しますが、それでもパラジウムは高価であるため工業レベルではコストに大きく影響してきます。また医薬品や有機ELなどの分野では生成物にppm単位のパラジウムが残存しても品質に大きな影響を与えるので、これをなんとかして減らす努力が続けられています。

2003年Leadbeaterらは、マイクロ波を照射しながら(要するに電子レンジです)反応を行うと、パラジウム触媒を全く加えなくても『鈴木カップリング』型の反応が進行すると報告し、世界を驚かせました。結局のところこれは塩基として用いた炭酸ナトリウムに混入していたごくごく微量(1千万分の1オーダー)のパラジウムによるものだったと訂正されましたが、やりようによってはこれだけ微量の触媒でも反応が進行するということでもあり、これも注目に値する結果ではあります(J. Org. Chem. 2005, 70, 161)。

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『鈴木カップリング』の有用性と、広い応用範囲を見てきました。様々な面から見て最も完成度の高い有機反応の一つであり、ノーベル賞の呼び声が高いのもうなずけるように思います(鈴木章氏は根岸英一氏と共に2010年ノーベル化学賞を受賞)。

皮相的な見方かも知れませんが、『鈴木カップリング』という反応は全くのオリジナルで編み出された反応というわけではなく、先達による優れた研究の上に生み出された成果です。

とはいえ鈴木教授は『クロスカップリング反応』という新しく出現した反応の有用性を見抜き、そこに自身の高いレベルの経験(Brown研でのホウ素化学)を組み合わせ、さらに自分なりの工夫(塩基を加えるなど)を凝らすことができたからこそ、これだけの素晴らしい発見をしたともいえます。

実際のところ科学の世界には真にオリジナルな研究といえるものはそうあるわけではなく、何かの下地やヒントがあって生み出される場合がほとんどです。新しい潮流を見逃さない感性、広い範囲の経験と素養、そこから導き出される自分なりの創意工夫。『鈴木カップリング』という仕事の流れをつぶさに見ていくと、我々研究者にとって大きなヒントがそこに示されているようにも思えます。そこにさらに“運”が加わりさえすれば、筆者のごとき凡百の研究者にも(『鈴木カップリング』ほどではないにしろ)それなりの発見のチャンスは転がっている――のかも知れません。その日を目指し、我々もせいぜい精進するとしましょう。

鈴木カップリングの総説:Chem. Rev., 1995, 95, 2457.
B-アルキル鈴木カップリングの総説:Angew. Chem. Int. Ed., 2001, 40, 4544

執筆: この記事は佐藤健太郎さんのホームページ『有機化学美術館』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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