2009年7月16日、早朝から夕方にかけて北海道大雪山系トムラウシ山が悪天候に見舞われ、ツアーガイドを含む登山者9名が低体温症で死亡した「トムラウシ山遭難事故」。夏山の遭難事故としては近年まれにみる数の死者を出す惨事となった。

 この遭難事故をうけ、山をよく知らないツアー会社が、ツアー旅行の延長のようなつもりで企画、立案し、実力の伴わないガイドをつけ、安全配慮義務よりも旅程保証義務を重んじて実施している日本のツアー登山の実態が明るみになった。

 しかし、ツアー会社やガイドばかりに問題があるのかというと、そうも言い切れない現実がある。これまでツアー会社のリスクに対する不備は指摘されていた。そして、いくら叫ばれようと、結局ツアー登山はなくならなかった。なくなるどころか、扱う会社や商品数は間違いなく増えている。つまり、それだけニーズがあるということ。

 では、なぜ危なっかしいツアー登山が消えてなくならないのか。答えは、ツアー登山を利用する人もまた、山のこと、とくに山のリスクのことを知らない(知ろうとしない)からである。山岳ガイド先進国の国々では、ガイド資格を持たない人が個人的にガイド業をはじめようとするケースは、皆無かほとんどないに等しいという(日本のツアー登山のような形態の山登りも一部の国を除いてほとんどないそうだ)。

 そうした国々でガイドを依頼して山に登ろうとする人は、「山登りはリスクの高い行為であり、そこへ行くからには信頼できるガイドに付いてもらうのが当然」という考え方。強いて言うなら、お客さんにとってガイドは、パートナーに近い存在なのかもしれない。

 一方、日本の場合、ツアー登山やガイド登山を利用しようとする人は、「連れていってもらう」という意識が非常に強い。ブームに乗っかって登山を始めた彼らは、技術や知識のバッグボーンを持たないまま、日本百名山という目標に向かって突っ走りはじめる。
 
 それを手っ取り早く実現させる手段がツアー登山だった。彼らが目的達成のために選択したツアー登山は、準備段階のすべてをツアー会社に丸投げでき、あとはガイドのうしろにくっついて歩くだけの100%依存型の登山形態。彼ら自身が山のリスクマネジメントについて考える必要はまったくなく、現場では常にガイドの指示に従っていればいい。かくして『自立しない登山者』が急増することになっていく。

 トムラウシ山での事故のときの生存者は、自分たちが生還できた要因についてこう語った。
「それまで個人で山登りをやってきて、いろいろな山でいろいろな悪条件を経験し、何度も危ない目にあってきた。だから、あの時もパニックにならなかったのだと思う。やっぱり自分たちで対処しなきゃという気持ちがあった」

 ガイド先進国と日本の「ガイドに対する登山者のニーズの違い」は、山岳ガイドの歴史や土壌、国民性などの違いによるものと思われ、頭ごなしに今風の登山者を非難するのは酷かもしれない。1990年代前後に中高年の登山ブームが巻き起こったときに、登山業界が一丸となって彼らをいい方向に導いてあげることができていたなら、これほどたくさんの自立できない登山者を生み出すことにはならなかったとも言える。

 いずれにしろ、トムラウシ山遭難のような事故を、私たちは二度と繰り返してはならない。



『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』
 著者:羽根田治, 飯田肇, 金田正樹, 山本正嘉
 出版社:山と渓谷社
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