三国志や水滸伝、この秋完結する楊令伝ですっかり中国ものを書く作家のイメージになってしまった北方謙三。新しい読者は、彼が純文学出身で、日本のハードボイルドを確立した作家だと知らない人もいるかもしれない。1981年『弔鐘はるかなり』でデビュー、年間10冊の小説を上梓し続け、いまだに小説家のトップをひた走っている。

 さて、その北方ハードボイルドが久々に帰って来た。最新作『抱影』は単発作品、それも書き下ろしでは15年ぶりとなる。

 舞台は横浜。世界的な抽象画家「硲冬樹」は正体を隠してこの港町で暮らしていた。いくつかのバーを経営し、クラブのママを囲い、チンピラを拾ってはバーテンに育てている。しかし彼には運命の女がいた。一度も抱いたことのない人妻。響子。彼女はガンで余命半年を告げられていた...

 かつて、北方はセックスを描かない作家だった。その代わりに過剰ともいえる暴力シーンが延々と続いていた、しかし本作では逆転する。性交シーンは醒めている。むしろ、交わらず愛の言葉もない静謐なふたりの時間が、暴力を描くような緊迫感とエロティシズムを醸し出す。

 男は面倒くさい生き物だ。その面倒くささを緻密に心に彫り込んでいく。これが、これこそが北方ハードボイルドの真骨頂である。

(東えりか)







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