横綱・白鵬が秋場所も全勝優勝、自身初の4連覇を飾るとともに連勝記録を62に伸ばした。

 4連覇自体は過去に達成した力士がのべ15人おり(最多は朝青龍の7連覇)、「全勝での」ということを除けば特筆するほどの記録ではない。が、 62連勝は第35代横綱・双葉山の69、谷風(1770年代から80年代にかけての江戸時代中期に活躍した横綱)の63に次ぐ史上3位の記録だ。しかし、巷ではさほど大きな話題にはなっていない。

 双葉山が連勝記録を続けていた昭和13年から14年にかけてはテレビがない時代にもかかわらず、世間はこの話題でもちきりだったようだ。本場所は年2場所、1場所13日制と現在とは規定が異なり、双葉山は3年かけてこの記録を作った。その3年間「誰が双葉山の連勝を止めるのか」の話題で人々は盛り上がったのだ。

 双葉山が所属した立浪部屋は新興勢力で、名門出羽海部屋は「打倒双葉山」を掲げて総力をあげたという。そうした構図が人々をさらにヒートアップさせた。双葉山の連勝は社会的関心事だったのである。

 それに比べると、白鵬の連勝記録に対する注目度は情けないほど低い。原因はいくつか考えられる。

 ひとつは大相撲人気の低下だ。07年の力士暴行死事件に始まり、08年は大麻問題、今年は朝青龍の一般人暴行事件に端を発した引退騒動と不祥事続き。5月には力士の野球賭博が発覚し、7月の名古屋場所中継が中止される事態に陥った。これには大相撲人気を支えていた中高年層もさすがに呆れ、興味を失う人が少なくなかった。

 もうひとつは白鵬の前に立ちふさがるライバルの不在。双葉山には玉錦という先輩横綱がいた。双葉山との対戦成績は4勝6敗とほぼ五分。人気面では双葉山が圧倒していたが、「玉錦が連勝を止めるのでは」というハラハラ感が毎場所あり、それが連勝記録の価値を高めたといえる。

 白鵬にも先輩横綱の朝青龍という好敵手がいた。連勝が始まるのは朝青龍の引退後であり、朝青龍を退けての連勝なら注目度も違っていたはずだ。本来なら把瑠都、琴欧州、日馬富士ら大関陣や、白鵬に4勝している稀勢の里あたりが横綱をあわてさせる相撲を見せなければならないのだが、連勝中の取組のほとんどは為すすべなく敗れ去っている。白鵬の強さばかりが際立つわけで、これでは盛り上がりに欠けるのも無理はない。

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