高校野球 選手を守らず“教育”とは片腹痛いね

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今回は罪山罰太郎さんのブログ『俺の邪悪なメモ』からご寄稿いただきました。

高校野球 選手を守らず“教育”とは片腹痛いね
過日、高校野球の決勝戦が行われた日。なんとなく『Twitter』にポストしたこのつぶやきが、エライ数RTされてました。

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おれ、高校野球は好きだけど、一試合しかない決勝をわざわざ一番暑い時間にやったり、投手の投球制限がないのは狂ってると思う。選手は必死なんだからルールがなければ限界までやるのは当然。それを「頑張った」で片づけるんだから、まあブラック企業もなくならんわな
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ツイートへのリンク
http://twitter.com/tsumiyama/status/21726914898

最後のブラック企業の部分はヒニクですけど、わざわざ暑い時間にやったり投球制限がないのは本当にナゾです。一応、高校野球は“教育の一環”ってことになってるのですが、WBCでさえ投球制限があるのに、身体のできあがってない高校生に100球以上を連投させるのってなんなんでしょうね。つぶやいたとおり、おれは高校野球は好きなんですが、こーゆー選手を壊しかねないバカげた理不尽さは今すぐ改善すべきだと思っています。

で、こういう話題で、冷静というかごく真っ当な意見を述べる印象があるのが、元・巨人軍、高校野球的には元・PL学園の桑田真澄氏。現役引退後、早稲田の大学院で学び、プロ野球選手へのアンケートを元にアマチュア野球指導の問題点を批判的に書いた(らしい)論文が、最優秀論文に選ばれたそうです。

「桑田真澄さんの修士論文、最優秀賞に アマ指導法を考察 」『asahi.com(朝日新聞社)』

ネット上ではこの論文全文は読めないっぽいんですが、桑田氏が行ったプロ野球選手へのアンケートとそれを元にした“研究ノート”は読むことができるのです。*1

*1:「アマチュア野球の抱える課題に関する研ー現役プロ野球選手に対するアンケートをもとにー」 桑田真澄、川名光太郎、間仁田康祐、平田竹男 ※Adobe Acrobat Readerが必要です
http://www.jstage.jst.go.jp/article/sposun/20/1/91/_pdf/-char/ja/

これによれば、アンケートに答えたプロ野球選手の中で高校時代

「オーバーワークによるケガを経験したことがある」選手は51%
「ケガを我慢してのプレーを強要されたことがある」選手も31%

その一方で、

「球数制限を受けたことがある」選手が20%
「ケガを予防する体制が整っていたと思う」選手は29%

と、プロを輩出するような強豪校ですら(だからこそ?)、選手を安全に育成する意識が低いことがうかがえます。

さらに高校野球界の“病”を感じさせるのが体罰についての項目。

「高校時代、指導者から体罰を受けたことがある」選手が47%。
「先輩から体罰を受けたことがある」選手は51%。

多くの選手が体罰を経験しています。しかし息を飲むのはこの先で、体罰の是非を問う設問に対して、

「体罰は必要である」と答えた選手が15%
「時には必要である」と答えた選手が68%

合わせて8割強の選手たちが体罰を肯定するのです。この体罰にしろ、先に挙げたオーバーワークの問題にしろ、一般的な感覚からすると理不尽な練習環境に思えるのですが、高校時代の練習が……

「効率的な練習だったと思う」選手は55%
「合理的な練習だったと思う」選手も51%
「自発的に野球に取り組み、楽しくプレーできたと思う」選手は78%

と、肯定的にとらえる傾向が非常に強いのですね。プロというその世界の頂点まで登りつめた選手たちですから、その自分を培った環境を自分で否定するのはやはり難しいのではないかと思われます。
その一方で、

「自分が指導者になった時に、同じ内容の指導をしたいと思う」選手は34%

と、半数を大きく下回るのです。研究ノートの中で、桑田氏はこれについて体罰とからめて

指導の手段として体罰が必要であると考えている一方で、自らが受けた体罰については許容できないと考えている選手がいるものと思われる

と、アンビバレンツな野球人の内面について考察しています。野球部に限らず、体育会系全般が似た問題抱えてそうですが、親の立場からすると、指導の名の下にオーバーワークでケガさせたり、ぶん殴ったりするのとか、あり得ないですけどね。

で、こっからはおれの考えなんですが……桑田氏のブログのエントリ *2 などを読む限り彼は、こういった学生野球の練習環境の理不尽さの源泉に“勝利至上主義”を挙げて批判するんですね。

*2 :「気が付く」 2009年3月10日 『 桑田真澄公式ブログ』
http://kuwata-masumi.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-ea9b.html

おれの知る中ではスポーツライターの小林信也氏とかも“勝利至上主義”の批判者で、著書『高校野球が危ない』 *3 の中でハンカチ王子時代の早実のイメージとは正反対のダーティーなプレーなんかを批判的に取りあげています。

*3 : 『高校野球が危ない!』 小林信也著 草思社
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1619.html

おれは桑田氏や小林氏が展開する理不尽さへの批判には共感するんですが、“勝利至上主義”自体は別に悪くないと思っています。勝ち負けがあるゲームなんだから、勝ちにこだわるのは当たり前ですよね。

個々のチームや選手が勝ち負け以外の価値観を持つのは良いことだと思いますが、全体を勝ち負け以外で切ろうとすると、やっぱりそこには理不尽な精神論みたいなものが侵入してくると思うのです。「全力疾走しない甲子園球児は失格!」みたいなこといって話題を振りまいた人 *4 がいるそうですけど、おれはこーゆーのは“勝利至上主義”よりよっぽどタチが悪いと思います。

*4 : 「「全力疾走しない甲子園球児は失格!」 実名批判のコラムにバッシング」 2010年8月24日 『JCASTニュース』
http://www.j-cast.com/2010/08/24074182.html

というかですね、ゲームで勝利を追求しようとした結果、選手が壊れてしまうのなら、そりゃルールや制度に問題があるんじゃないかと。

だから教育の一環と宣うのなら、まずはルールで選手を守れよ!って思います。例えば、ルールとして投球制限を設定し、徹底的に体罰を排除するだけで、だいぶ違うんじゃないでしょうか。

高校野球に健全さを求める向きは多そうですが、“健全”ってのは、無茶な連投を強いることや、髪型を坊主で統一することや、ましてぶん殴っていうことを聞かせることじゃなくて、ルールをメンテして選手を守った上で“勝利至上主義”でガンガン競争することだと思うんですけどね。“教育の一環”としてもその方が意義があると思います。

ちなみに、高野連は少し前の2004年、各高校にあることを禁止する通達を出しました。それは、オーバーワークでも、体罰でもなく、球児の茶髪と眉(まゆ)ぞりでしたとさ。

ナンダソレー! \(^o^)/

執筆: この記事は罪山罰太郎さんのブログ『俺の邪悪なメモ』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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