「地球一周の旅99万円−ピースボート」

 誰しも一度はこんな謳い文句が書かれたポスターを目にしたことがあるのではないでしょうか。しかし知名度の割に、ピースボートの実態はあまり知られていないようです。

 東京大学の社会学研究者である25歳の古市憲寿さんは、実際にピースボートに乗り込み、その主要な乗客である同世代の若者たちを分析。『希望難民ご一行様』という一冊の本にまとめました。

 本の中では船内における様々なエピソードが紹介されていますが、その中のひとつに「9条ダンス」というものがあります。

 「9条ダンス」とは平和主義を謳ったとされる憲法9条の理念を、ヒップホップのリズムにのせて表現したダンスのこと。このダンスはパレスチナ難民キャンプでも披露され、船内ではダンスと同時に憲法9条を守るための署名活動も行われていたそうです。

 単なる手軽な地球一周旅行だと思って参加した人は、この明らかな政治的イベントに違和感を覚えますが、もともとピースボートは左翼思想から始まった運動。その後の社会の変化により政治色は薄まったものの、理念としての思想はまだ残っているのです。

 古市さんによれば、はじめは違和感があった人々も、毎日のように行われる練習に少しずつ参加するようになり、多いときには100人近い若者たちが一緒にこの9条ダンスを踊るそうです。

 他にも出身地の方言で9条を朗読する「お郷ことばで憲法9条」や、朝日新聞記者による講演会などが催されるとのこと。こういったエピソードを聞くと、「ピースボートは若者向けにアレンジされた左翼的な政治団体」と思う人もいるかもしれませんが、古市さんは、そのようなイメージは半分当たっているものの、半分は外れていると述べています。

 それは、船内の不備や頻発する事故に怒りを露わにする年長の乗客(彼らは学生運動世代でもある)に対する、若者たちの態度に表れていたそうです。

 運営会社に怒りをぶつける年長世代を前に、ピースボートの「思想」にシンパシーを持つ若者たちの多くはピースボートを擁護しながら、「なぜみんな仲良くできないの」と泣き出してしまうのだとか。終いには「うざい」と言って「対立」ではなく、「拒否」を選び始める若者も......。

 ピースボートに乗客している若者で、特に政治的活動にコミットする若者たちには「異質なもの」に対する弱さが見られたと古市さん。政治には異質なものへの「説得」が不可欠なのに、彼らは感覚的に理解できないものは「理解できない」と切り捨ててしまう傾向にあると分析しています。

 つまり、彼らにとってはたまたま9条ダンスが楽しかったからコミットしただけで、政治的な関心によるものではなかったのです。事実、追跡調査によるとこうした若者たちの多くは船を降りてからは政治的な活動をしていなかったそうです。

 ピースボートの分析を通じて見えてきた、「その場のノリ」に支えられた若者たちの姿を、同世代である古市氏は肯定も否定もしていません。本書の最後では、彼らのような若い人たちに向けて「簡単に頑張れというな」、と結論づけています。

 古市さんは言います。「ピースボートに乗っているような、たまたま大学に進学せずに最終学歴が高卒、フリーターの25歳というような人は、現在の社会状況の中で具体的に今から何を頑張ればいいのか分からないのです。出口が見えないまま頑張れずに悩む人をムリヤリ焚きつけるのはどうかと。むしろ、時々、それこそ9条ダンスのような仲間との"お祭り"があってそれに満足できれば、それはそれで成熟した現代社会に合った生き方なんじゃないでしょうか」。



『希望難民ご一行様』
 著者:
 出版社:光文社
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