ジョン・レノン・ミュージアム、9月30日に閉館。ジョンの魂よ、永遠なれ。

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ジョンの誕生日が、誕生日だった。 今から10年前、2000年の10月9日、さいたまスーパーアリーナの敷地内の一角に、ジョン・レノン・ミュージアムがオープンした。10月9日というのは、そう、ジョン・レノンのバースデイ。当時ジョンが生きていれば、ちょうど還暦というその日に、世界でも初の公認ミュージアムとして、館外にまで行列が伸びるほどの堂々のオープンだった。
 スーパーアリーナ脇にあるエントランス(2階)を入り、そこからエスカレーターで4階へ上がる。そして、始めに7分ほどの、ジョンの生涯を駆け足で振り返る映画を観る。そのあと、4階が出生からビートルズ時代、5階がジョン&ヨーコ関連という形で、年代を追いながらジョンの軌跡をたどることが出来る。
ジョンのギターや衣装、少年時代の絵や、手書きの詩など、
「スーパースター」ジョンへのノスタルジーと、彼をスーパースターたらしめた「天性のセンス」に浸れる遺品が、品良く陳列されている。そして、最後に真っ白な部屋があり、そこにはジョンが残したメッセージがちりばめられている。天才、ジョン・レノンの波乱に満ちた軌跡をたどった後は、しばしこの部屋で、ジョンからのメッセージに包まれながら、『LOVE & PEACE』の思いを反芻するのだ。

ジョン・レノンは、愛と平和の『亡者』だった…。 ジョン・レノンは、一般的には「愛と平和の使者」のようなイメージで語られるが、それは違うと筆者は思う。ジョンは結局のところ「愛と平和の亡者」だったに過ぎない。みっともないくらいに。
 その証拠に、ジョンの歌には答えなんてどこにもなかった。ジョンはいつも迷い、その時その時の思いを綴った歌を歌った。『HELP!』と叫んだり、『ノルウェイの森』に迷い込んだり、『僕はセイウチ』なんておどけたりしながらビートルズ時代を過ごし、オノ・ヨーコと出会ってからは愛と平和をただひたすら想像(IMAGINE)し、求めていた。ただ、たったひとつ、やっとの思いで彼が見つけた答えがあった。それは…「ボクはジョンなんだ、もう一度出直そう」。
 残念ながら、最期はそれすらも「否定」されてしまった…。つまり、1980年12月8日夜、ニューヨーク市 マンハッタンの自宅(ダコタ・ハウス)付近で、妄信的なファンによって射殺されてしまったのだ。しかし皮肉にも、ジョン・レノンという「偶像」は、その銃弾によって壊れることはなく、むしろさらに巨大な「伝説」となった。
 ジョン・レノン・ミュージアム。ここにあったのは、そんなジョンの「輝ける残骸」だった。ジョンを愛した多くのファンは、その残骸を感慨深く眺め、思いを馳せ、そして自分たちに応用できそうな『LOVE & PEACE』のエッセンスを、そっと持ち帰っていった。
10年の歴史に幕を下ろすも、ジョンの魂は消えない。 そんなジョン・レノン・ミュージアムが、ライセンス契約の満了に伴い、この9月30日をもって、惜しまれつつ閉館する。オープンからちょうど10年。ジョン・レノンを偲べる貴重なスポットがなくなってしまうのは、多くのファンにとって残念なことだ。しかし、ミュージアムは無くなっても、ジョンの魂は消えることはない。ジョンのギターやあの名曲が綴られた直筆ノート、思い出深い衣装を眺めることは出来なくなってしまうが、ジョンの残した何よりも素敵な遺産は、やはり歌だ。その歌の数々は決して忘れられることはないだろう。
 でも、閉館になる前に、今一度ジョンの「残骸」に会いに行ってはどうだろうか。ファンの方もそうでない方も、かつて訪れたことがある方も、まだいったことがない方も、きっとジョンの残骸は、僕らにかけがえのないイマジネーションを与えてくれるに違いない。
【文/NANIO】


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JOHN LENNON MUSEUM



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