当時のDが語る番組改変事件の真相『NHK、鉄の沈黙はだれのために』

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 2001年に起きたNHKの番組改変事件を覚えておられるだろうか。これは、01年1月30日に放送されたETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」の第2回「問われる戦時性暴力」を放送した際、当初の企画と放送内容に大きな隔たりがあり、不正確な情報が一方的に放送されたとして、VAWW-NETジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)がNHKを訴えた事件だ。各メディアがNHKを激しく批判し、右翼団体がNHKを襲撃したりと、大きな事件となった。番組内容改変には、安倍晋三や中川昭一など、議員の圧力があったとされている。判決はVAWW-NETジャパンの敗訴(=NHKの勝訴)となった。番組制作における政治介入は、「表現の自由」「編集の自由」を侵害するとともに、放送法の「政治的に公平」「事実を曲げない」という原則に反しているとして、現在も議論の対象となっている。

 10年弱が経過した今日だから、語れる言葉がある。『NHK、鉄の沈黙はだれのために』(柏書房)は、当時NHKのディレクターとして「問われる戦時性暴力」の制作に直接携わった永田浩三氏が、番組改変に至った経緯や当時の心境、裁判の様子などをこと細かに記したノンフィクションだ。当時現場にいて、事件の渦中にあった人の言葉は、ドキュメンタリー番組さながらの迫力がある。

 事件の争点はこうだ。VAWW-NETジャパンが主催した「女性国際戦犯法廷」を取材し、日本軍の犯した性犯罪に対する最終判決が「昭和天皇の有罪」となった。放送前、安倍晋三、中川昭一ら議員数名が放送内容を改変するよう圧力をかけ、NHKが改変に応じたとされる。その結果、「天皇有罪」はもちろん、「従軍慰安婦」や「慰安所」の存在そのものを削られ、「女性国際戦犯法廷」を一方的に非難するような内容となってしまった。永田氏は「反日ディレクター」と罵られ、関係した数名が職を辞した。現場は作業に追われ、下請け制作会社とは絶縁状態になり、上層部はなかなか真相を語らない。チーフプロデューサー・長井暁氏の告発、番組制作局長・伊藤律子氏の涙など、関係者一人ひとりの証言から、パズルのように"真相"が浮かび上がってくるのが面白い。

 NHKは番組改変事件の裁判に勝ったが、裁判記録だけでは事件の真相は見えてこない。NHKが"鉄の沈黙"をしいて守ったものは、だれのための何だったのか。メディアのあり方を考えさせられる一冊である。
(文=平野遼)


・ながた・こうぞう
1954年大阪生まれ。東北大学教育学部教育心理学科卒。77年NHK入局。81年、ラジ・ドキュメンタリー『おじいちゃんハーモニカを吹いて...』で芸術祭賞・放送文化基金賞。ディレクターとして、『ぐるっと海道3万キロ』(アジア放送連合賞)、『日本その心とかたち』、NHK特集「どんなご縁で」(テレビ技術大賞)、『NHKスペシャル』の「又七の海」「社会主義の20世紀」など担当。91年からはプロデューサーとして『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』を担当し、多くの番組を制作する。NHK番組改変事件の現場となった『ETV2001』では、シリーズ「戦争をどう裁くか」の編集長。2002年、国谷裕子キャスターらとともに『クローズアップ現代』で菊池寛賞を共同受賞。NHKアーカイブス・エクゼクティブディレクターをへて、09年から武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。精神保健福祉士。著作に『いつだって一期一会・カメラマン新沼隆朗』(共編著、武蔵野書房)、『NHK番組改変事件』(証言、かもがわ出版)、『知っていますか子どもたちの食卓』(共編著、日本放送出版協会)など。



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