連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長 山室一幸<後編>

写真拡大

 連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長山室一幸氏 スペシャルインタビューの後編。前編では、雑誌「流行通信」に心動かされて出版社の門戸をたたいた山室氏がTV番組「ファッション通信」を立ち上げるまで。亡きイヴ・サンローランとの緊張と感動のエピソードなどを通じ、自身のルーツを辿ってもらった。そして後半、話は次第にジャーナリストの神髄へと迫っていく―――。



■生涯ジャーナリストとして
 「ファッション通信」の20数年間では、イヴ・サンローランだけではなく様々なデザイナーとの忘れられない思い出やエピソードが100も200もあります。 自分が泣くほど感動したことをどうやってリアルに伝えるか。これはジャーナリストとしての原点です。ファッションショーやデザイナーとの出会いとか、まず自分が感動出来なくなったら、この仕事はしてはいけないと思っています。

 世の中は景気が良くなれば悪くなる時もあり、戦争が起きたり人が人を殺し合ったりと、地球上で様々な事が起こっています。9.11の直後には、ミラノでアルマーニから突然「日本から来られなかったジャーナリストのために衛星中継やりたい。なんとかならないか」と電話をもらい、急遽そのアレンジを担当したりもしました。 そんな時に、ファッションを伝える意味は何なのでしょうか。


■なぜファッションを伝え続けるのか
 「そのジャーナリズムの震撼、嘘か誠か」。これは僕が「WWD JAPAN」に移った時、一番最初に書いた編集長コラムのタイトルです。ファッションは「暇ネタ」として扱われたり、新聞の1面にはなかなか出るものではない。様々な世界情勢の中で華やかなファッションを伝えることに何の意味があるのかと、常に自問自答しながらやってきました。でも、そういう時こそ、本来ファッションが持つ夢や憧れを伝える意味があります。

 「ファッション通信」のころは、最もリアルに伝えることが出来る「映像」を使って伝えていくことが使命なんだと思ってやってきました。それを今、「WWD JAPAN」という、さらにジャーナリズムを求められる媒体を通じて伝えています。よく勘違いされるんですが、決してジャーナリズムは何かを斜めに見て批判したり、茶化したりすることではない。確かに褒めるよりもけなす方が人は興味を持つかもしれない。でもそれは全く違うことです。

 例えばファッションショーを批評するにしてもそう。彼らが半年間、死にものぐるいで作ったものがたった15分や20分の間で発表されるという、それに見合うだけの覚悟を持って言葉にしなかったら、それはクリエイターにとって失礼。そのクリエイターの本質、もっといえばどれだけのパースペクティブを持っているか。歴史軸で見たり、ミラノやパリという都市軸で見たりということも必要。その時代や出来事、クリエーターの本質、全てに覚悟をもって向き合ってそれを伝えるということは、言葉を生業(なりわい)にしている者の境地だと思っています。


■時代の変化とともに失われつつある感覚
 ショーのライブ中継やメディアの高速化は決して悪い事ではないんですが、かつては機密情報であったトレンド情報が民主化し、瞬時に情報が共有化される事について、夢がなくなってきているんじゃないかと思う時があります。何が正しいかは常に自問自答していますが、メディアがこれだけ進化してきた中でこそ、本物か偽物かその真贋を見分けることが必要。売れてりゃ勝ち、というような資本主義的な考えとか「ファンタジーがないなぁ」と思ってしまいます。現代は情報の受け取り方が全く変わってきていますよね。接している情報が僕らの若い時の100倍以上ある。その情報をどうやって自分の中で見分けていくかという能力も必要です。

 もちろん、新しい人たちの中では真剣にクリエーションに向き合っている方もいます。でも、その受け手側の立場が、特に若者の考えが変わってきていますよね。憧れよりも先に、手の届き易いものに魅力を感じていたり。僕が学生時代に雑誌でアルマーニの写真を見てすごくかっこいいと思って、まずアルマーニの生地を使っているという日本のブランドを着ることから始まって、そしてミラノに行った時に初めて本物のアルマーニのジャケットに袖を通した時の、あの快感。 年月かけて叶った達成感や、その距離感が夢であり、憧れだったはずだと思うんです。


「WWDマガジン」2010年秋号「Muse Of Tokyo 10人の大和撫子たち」

■ファッション界が失いかけた夢とファンタジーを取り戻す
 僕自身を振り返ったら、「流行通信」に出会った若い頃、どれだけこれの雑誌に憧れたことか。編集部に一歩でも足を踏み入れたかったものです。それが今年、こうして「流行通信」のタイトルを載せた雑誌を発行することが出来た。ここに行き着くまで30年かかったんですよね。

 今の雑誌に、ファッションとファンタジーを与えるようなビジュアルであったり、もっとリアリティとなっていってほしいですね。電子出版が注目されている中で紙が残るとすれば、もう一回そのファンタジーを与えること。まだ小さい波かもしれないけれど、1つのテーマをもとにスタッフやモデル達とディスカッションしながらヴィジュアルや作品を創り上げることとか、 志のある人たちはそれに気が付き始めてるんじゃないかな。


 「WWDマガジン」2010年秋号で「流行通信」を復活させるというプロジェクトは、「ファッションとは希望なんだ」という、そんなメッセージを感じてもらいたいと思ったのがきっかけ。10代にとっては憧れ、20代にとっては自分を表現するステップ、30代や40代は「今」を表現するツール、60代の人にとっては若さの秘訣であるファッション。写真家レスリー・キーと、とにかく夢を持って集まったメンバーで10人の「大和撫子」というヴィジュアルを作りました。この特集は、嬉しい事に読者から多くの反響が届いています。


■使命と夢、次世代へ
 アメリカで生まれた「WWD」は「Womens Wear Daly」の略なので本来は日刊なんですよね。それが今年100周年を迎えた訳ですから、それはとても素晴らしいことです。日本で「WWD JAPAN」として始まってからは31年目。隔週の発行からスタートして途中からウィークリーになり、そして今年、新たにKDDIと協業してモバイル配信が始まったことで、初めて"デイリー"になったんですね。でも、週刊紙だからこそ出来ることもあると思っています。それぞれの媒体の役割を持たないといけません。

 これまで自分が本当にいい経験をさせていただいて、様々な出会いがありました。ファッションというものは生き物のようなもので、我々が憧れていたデザイナーも新しくなり、ファッション界の次の世代へ続いていく。クリエーターが育ち、 若い経営者やアタッシェ・ド・プレスが出てくる。我々メディアとしては、次の世代に「ファッションってこんなに素晴らしいものなんだよ」ということを覚悟を持って伝えていかないといけない。僕はこれからも頑固ジジイのようにサンローランとの思い出を語り続けるでしょう。そうやって言葉にして「感動」を伝えていくこと。これが自分自身の使命だと思っています。

 ファッションは希望であり、憧れであり、ファンタジーであり、そしてファッションは、愛なんですよ。


■山室一幸(やまむろ かずゆき)■
1959年 東京生まれ。上智大学理工学部卒。
1985年からTV番組「ファッション通信」のプロデューサーとして、20年以上にわたって世界各国のファッションシーン最前線を現地取材。
2006年よりファッション週刊紙「WWDジャパン」編集長に就任。TV、ラジオ、雑誌コラム、講演会、
トークショーなど、メディアの枠を超えて独自のファッション評論を展開している。
著書に「ファッション:ブランドビジネス」(朝日出版社刊)


〜インタビュアー インプレッション〜
 最後の質問では、山室編集長が「ファッション通信」初のオートクチュールコレクション取材でサンローランに投げかけたという問いから引用し「あなたにとってファッションとはなんですか?」と聞いた。これに対し、まっすぐな視線で答えてくれたのが上に記した最後の1文だ。

 ファッションの真実を伝え続けてきた日本唯一のTV番組「ファッション通信」(現在BSジャパンにて放送中)の功績は大きく、筆者もこれを見て志を高めた人間のひとりだ。山室編集長がこれまで直接肌で感じ、「映像」や「言葉」として残してきたものは多くの人々の心を動かし、ファッションという概念をよりリアルに変えるきっかけとなったことに間違いはない。山室編集長の言う「ファッションの希望」を次の時代に伝えていくこと。これこそが我々メディアの果たすべき役割であり、「ファッションの未来」を担っていくのだ。

■連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長 山室一幸<前編>