【押尾裁判】裁判員の葛藤をシミュレート。その先に見えるものは…?

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論告と最終弁論、双方に敢えてツッコむ! 合成麻薬MDMAを一緒に飲み快楽的性行為に及んだ末に、容体が急変した田中香織さん(当時30)を放置し、119番通報もせず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優・歌手、押尾学被告(32)の裁判員裁判の第7回公判が14日、東京地裁(山口裕之裁判長)で行われ、検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が展開された。検察側は押尾被告に対し、懲役6年を求刑した。一方の弁護側は、これまでと変わらず無罪を主張。双方ほぼ譲ることのないまま結審した。
 裁判員たちはこの日の午後から判決を決めるための評議に入り、判決に向けて十分議論するため、15日も一日かけて評議を行うことになった。

 さて、この裁判は、初の(元)芸能人を被告に、非常に謎と疑惑にまみれたなかでの、かなり難しく、先入観にとらわれがちな審理となったわけだが、いま、一般から選出され、この裁判に臨んだ裁判員たちはどんな思いを巡らせているのだろう?
 裁判員に必要なもの…それは、予見に左右されない、極めて冷静で公平な視点を以て評議を行う、フラットな精神だ。検察側にも被告・弁護側にも対等な目線でそれぞれの主張を受け止め、吟味、検証し、何者にもおもねらない裁決を下さねばならない。
 そこで、それがどれほど困難なのかをシミュレートするべく、ディベート的なスタンスで、検察側の論告と弁護側の最終弁論について、敢えてツッコミを入れていってみたい。
高慢で誘導的な印象の検察側論告 検察側の論告の中で…、特に気になったポイントを4つピックアップすると…、

●そもそもMDMAは被告が田中さんに譲り渡したものであることは明らかだ。
●誰がMDMAを持ってきたかというのは、保護責任の成立を左右しない 。
●被告が119番通報をしなかったことは明らかに不保護にあたる。田中さんの状態からみれば、被告が第一にすべきだったのは119番通報以外にはなかった 。
●田中さんは当時30歳と若く、特別な病気はなかった。よって田中さんの死亡は被告人と因果関係が認められる。

これらに対して、これまでの裁判の経緯を振り返りつつ、反論してみよう。
 まず、なぜ押尾被告が田中(香織)さんにMDMAを譲渡したことが「明らか」と言いきれるのか? 押尾被告は、田中さんが「新作の上物(のMDMA)があるから、私のを使おう」と電話で会話し、これを承諾した、と証言している。田中さんがそのMDMAを持参してきた可能性もあるのでは?

 次に、誰がMDMAを持ってきたかについては保護責任の成立を左右しない、という部分だが、これは今回の争点の最大のポイントの一つななはずだ。言い換えれば、田中さんがMDMAを持ち込んで、自身で自発的にそれを過剰摂取した、という可能性もあり、その結果体調が著しく悪化し死に至ったという状況も考えられる。その場合、押尾被告に保護責任は生じるのだろうか? これは最も難しいポイントである。

 また、たしかに「薬物を使用しているのがバレるのを恐れ」119番しなかったのは押尾被告本人の口からつまびらかにはされた。だが、弁護人側が招いた、薬物やそれに関連する救命に詳しい医師によれば、田中さんは致死量をはるかに超えた薬物の過剰摂取状態であり、119番通報によって命が救われるような状態ではなかった(と推察される)と証言している。仮にそうだった場合、このような状況でまずすべき事は、出来る限りの蘇生措置ではないのか? 少なくとも押尾被告はそれを行っている。119番をしなかったことだけで、『不保護』とか『遺棄』と言えるだろうか?

 さらに、最後の項目だが、たとえ二人が同意してドラッグセックスに及んでいたとしても、田中さんには薬物常習性の疑いもある。常日頃の常習歴が災いして、たまたまこの日、オーバードーズ(薬物の過剰摂取による体調急変)が起こったということも考えられ、この場合は、押尾被告との因果関係は薄くなるとも考えられる。

 以上のように考えていくと、押尾被告に保護責任があったと自信を持って断じることには、かなり抵抗を感じざるを得なくなる。
どうにも投げやりな感のある弁護側の最終弁論
 …続いて、今度は立場を逆転させ、弁護人の最終弁論の内容についても、反論を展開してみたいと思う。

 弁護人の最終弁論は、全体的に散漫な印象が強い。
 まず、のっけから首をひねりたくなる。押尾被告は(押尾被告にMDMAを渡した友人の)泉田勇介受刑者から違法薬物のMDMAをもらってはおらず、田中さんに対しても渡していないと主張するのだが、「泉田受刑者からMDMAをもらっていない」とするのは、そもそもおかしくはないか? 押尾被告は、過去にも泉田受刑者からMDMAを譲り受けたことがあり、本件の場合も「粉末状のMDMAを受け取った」と証言しているではないか。この時点からして、弁護人の発言は矛盾している。さらに、田中さんに渡していないという根拠も、押尾被告がそう主張しているだけで、実際には被告自身も所持をしていたという認識を示しているのだから、田中さんにそれを渡していないとは断言できないのではないだろうか。

 だが、この点を正当化するために弁護側は、押尾被告の持っていたTFMPPは泉田受刑者から譲渡されたと認めたものの、MDMAについては、泉田受刑者の証言は信憑性が薄く、もらったモノが果たしてMDMAだったかかどうかは分からないと述べた。しかし、この期に及んで、合成麻薬TFMPPを持ってきた事は認めても、MDMAは認めないというのはむしろ不自然な主張で、いささか説得力に欠ける。

 また弁護側は、泉田受刑者が「反省している」と言いながら、自分の(薬物の)入手先を述べなかったことや、泉田受刑者の薬物の前科などを指摘し、泉田受刑者が虚偽の証言をしている可能性が高いとした。しかしながら、このあたりでは論点が大いにずれていると感じる。泉田受刑者の証言は捜査機関に誘導されてねつ造されたものだということを、ことさらに強調しているかのような印象を受けてしまう。

 このような人格攻撃は、田中香織さんにも及ぶ。弁護側は「田中さんの自宅からコカインの吸引道具が押収されていることや若いころから薬物を使用していること、暴力団関係者との関係もあることなどから田中さんが持ってきたことは間違いありません」と述べているが、これは、「若い頃から薬物を使用している=当時も常習者」とか「暴力団=違法薬物」とか、そういった一般的マイナスイメージを刷り込もうとしているとも受け止められかねない策略的な論法であって、何をもって「田中さんが持ってきたことは間違いない」と言っているのかがまったく理解できない。

 そして、問題の押尾被告の『来たらすぐいる?』というメールの解釈について。弁護側は「冷静に考えてください。このメールだけで薬物を押尾さんが用意したと考えるのはあまりにも飛躍しています。押尾さんが言う『おれの体』ともとれますし、飲食物などにもとれます」と反論したが、単純に、そして冷静に考えて、『来たらすぐいる』を、「オレの体がすぐいるか」とか「飲食物がすぐいるか」と捉える方があまりにも飛躍しているのではないか? 仮に押尾被告が証言した、英語的発想『Do you want me right now?(オレのことがすぐ欲しいか?)』だったら、それを日本語に置き換えるなら「来たらすぐ“やる”?」の方がしっくりくるのではないだろうか。

 このように、弁護人の弁論は、どこかつじつまがあっておらず、ツッコミどころが満載なのである。とどめは「押尾さんと田中さんは薬物を両方で持ち合ってセックスするという関係です」と述べたくだりなのだが、「MDMAは両方で持ち合っていた」と言ってしまっている時点で「どちらのMDMAだったか」という論争は成り立たない可能性の方が高くなる。なにせ、双方が持ち合わせているのだから、双方のモノを交互に服用した、というケースも想定できるのではないのか? つくづく説得力に欠ける弁論だと思わざるを得ない。
 このように、全体的に見て、弁護側の最終弁論は穴だらけだという印象を受けるのが、正直なところだ。
『裁判員裁判』の難しさを浮き彫りにした歴史的裁判の行方は…? …と、こんな感じで、裁判員たちは今回の裁判について思いを巡らせ、双方の主張と相対し、それを比較し、疑念が振り払えずに困惑し、葛藤し、そうしながら判決へと向かっていくのであろう。言い換えれば、裁判員に求められるのはこういった、どちら側に対しても疑問と反論を持つ、いわばディベート的公平性である。

 押尾被告がイメージ的に悪い印象を、この裁判を通じてますます与えてしまった感は否めない。しかしながら、イメージと真実は別物である。限られた時間と証拠、証言の中で、何をどう裁くべきなのか、そんな難しさが、実に明確に浮き彫りにされたのが、この押尾裁判である。判決は17日。裁判員と裁判官たちが、どのような裁定を下すのか、私たちもフラットな視線で見つめよう。
【NANIO】



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