涼やかな朝。夏の気配はすっかり息を潜めてしまった。妖怪の季節の終わり。この朝の妖怪コラム「水木イズム」も残すところ、今回を合わせてあと二回となってしまった。時期的にはちょうどいいのかもしれない。

 水木イズム第九十五回。前回は「浪小僧」と七不思議に関する講釈をさせていただいた。今回も前々回から続いての小僧をモチーフとした妖怪についての講釈をさせていただこう。そんな今回紹介するブロンズ像はこちら。
 
 「算盤小僧」である。この妖怪は視ての通り、算盤を携えた妖怪である。京都などに現れたとされる。夜中にある寺の近くを通ると大木の下に坊主が現れ、盛んに算盤を弾きはじめるのだという。

 この坊主、その昔、寺の経理に携わっていたが計算間違えをして自殺した坊主の霊が化けて出た姿なのだという。正に提灯小僧とそのモチーフを同じくする亡霊の妖怪だと言えるだろう。

 しかし、それだけが正体ではないとされている。実はこの算盤小僧は狸が化かした姿なのであるという説もあるのだ。ある一定の時代から、全ての妖怪の類は狐狸や鼬、川獺、狗などの類が化かしていると説明されたことがあった。

 その為に、それら霊獣の仕業とされてしまい、その姿を失っていった妖怪は数え切れないほどである。この算盤小僧もまた、その流れに呑み込まれそうになっていた妖怪だと言えるだろう。

 その霊獣の類もまた信心を失った今では、亡霊はなんと亡霊自体に戻っている。宇宙人などに吸収されたものもいるようだが、その大抵は霊の仕業という妖怪の中の一分野が担うような結果になっているのだ。

 現在では霊は様々なものの仕業とされてしまっているので、これは大いに負担の大きな時代であるといえるだろう。一昔前であれば、妖怪の仕業とされていたことも、全てが霊の仕業なのである。霊にとっては奴隷時代のようなものである。

 しかし、このような状況に陥ったのは現代人の想像力が矮小化したからなのではないだろうか。富んだ妄想力が、この一括りとなっていた不思議を妖怪という事象に各個名称を名付けて面白がっていた。そうした文化が失われてしまったのだとすれば、これは嘆かわしきことである。

 それでも、不思議な事象は相も変わらずある。幽霊だけでは説得力不足となってきた。そこで現代妖怪といわれる都市伝説に現れる妖怪たちが台頭してきたというべきかもしれない。必要に応じて、再び妖怪たちが生まれ出でたというわけなのだ。

 このように妖怪というものは死なないのだ。それは人類の根底のレベルで不可解なる物事を納得するために必要な代替的説明的存在だからである。これを失えば我々人類は不思議と生身で立ち向かわねばならなくなる。

 しかし、不思議というものを図り知ることは難しく、ある程度のカテゴライズが為されていなければ、どこから手を付けていいものか解らなくなる。そうなのだ。この世の不思議と対峙すること。それが妖怪と対話するということなのである。

 即ち、妖怪は不滅である。この世界から謎が、不思議が無くならない限り、永久に不滅なのである。そんな妖怪と対話するための術を、この水木イズムでは伝えてきた。一人でも多くの妖怪学者が現れれば、それで幸いだと言える。

 残すところ、最終話のみである。よろしければ、最終講義までお付き合い願いたいものだ。


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水木イズム バックナンバー
第九十回「大元神」
第九十一回「お歯黒べったり」
第九十二回「土ころび」
第九十三回「提灯小僧」
第九十四回「浪小僧」

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