ビートルズといえば、誰もが知っているロックバンドであり、今なおリマスター盤が発売されるなど日本でも絶大なる人気を誇っている。

 そんなビートルズに日本人として初めて会った人物が、『緋い記憶』(文藝春秋/刊)で直木賞を受賞、9月9日に新刊『風の陣 裂心篇』(PHP研究所/刊)を上梓した作家・高橋克彦さんであるという情報がネット上で散見される。
 オンライン百科事典“Wikipedia”の高橋克彦さんのページにも2010年9月3日時点で「 高校生時代にヨーロッパに長期旅行して、ビートルズに会った最初の日本人となった。 」という記述が見られる。

 果たしてそれは本当なのか? 高橋克彦さんに実際に聞いてみた。


――高橋先生は“ビートルズに会った初めての日本人”という情報をネット上で見つけたのですが、それは本当なんですか?

「最初の日本人っていうのはさすがに冗談だと思うよ(笑)。でも、実際はどうか分からないけど、ビートルズのステージを観光客として見た日本人としては相当早かったとは思うな。映画(『ビートルズがやって来る ヤア ヤア ヤア』)公開前だから。俺が会ってから数ヶ月後に、当時『ミュージックライフ』っていう音楽雑誌があったんだけど、その雑誌で編集長をしていた星加ルミ子さんっていう人がわざわざロンドンにビートルズに会いに行って、その記事の中に堂々と俺のことを“ビートルズに会った最初の日本人”って書いちゃったんだよね。いくらなんでもそれはないでしょう、と(笑)」

――どのような経緯でビートルズにお会いできたんですか?

「1964年くらいかな。当時、日本人が外国旅行をすることが珍しくて、まだビートルズも映画公開前だったから、世界的に人気なんていうことは全然知らないわけ。だから今ではビートルズ世代って一括りにされるけど、例えば1つのクラスに50人いるとビートルズのファンなんて2人いるかいないかくらいで、圧倒的に橋幸夫ファンばかりなんだよ(笑)。
だから、わざわざ日本からファンで会いに来ましたって言ったら、簡単に会えると思って行こうとしたのよ。そしたら、ロンドンに行く前に立ち寄ったスウェーデンかなんかで、今でも覚えているけど、十字路を歩いてたら30人くらいの女の子たちが自転車に乗りながら、ビートルズの歌を合唱していたんだよ(笑)!従兄弟と一緒に行ってたんだけど、それ見て従兄弟が“これ、(会うの)無理じゃないか?”と言い出して。それまで“簡単だよ、会ってくれるよ”って言ってたのにさ」

――そこで世界的な人気を実感するわけですね。でも、実際にお会いできたんですよね?

「そう。従兄弟がそう言うもんだから、ロンドン着いて、一人でファンクラブのところに行ったら、日本人は珍しいからってたまたま何かの収録にファンクラブの人たちと一緒に招待されてさ。狭いステージの上でビートルズがリハーサルから収録まで3時間くらいやってたんだけど、それを二階席から見ていたんだよ。で、その合間にポール(・マッカートニー)がファンの人たちのところに挨拶にきて、日本人が来ているからって俺と従兄弟がステージに上げてもらって、4人の間に入れてもらったわけだ。英語できないから、何も話せないけど、好きな曲とか羅列したな(笑)」

――結局、高橋先生の従兄弟の方もステージに上がったわけですね(笑)

「うん、無理だよって言ってたのにな(笑)」

 というわけで、高橋さん自身からの返答は「最初っていうのは言い過ぎ」というものだった。しかし、相当早い時期にビートルズのステージを見た日本人であることは間違いない。
 しかし、1960年代半ば、まだ海外旅行が当たり前でない時代に、若者2人だけで海外を旅し、ビートルズに会いに行こうとした(そして実際に会ってしまった)バイタリティは凄まじいものがある。

 そんな高橋さんは17年にわたり執筆してきた歴史大河小説『風の陣』のシリーズ完結作『風の陣 裂心篇』をPHP研究所から上梓したばかり。奈良時代に起きた蝦夷と朝廷の抗争を描いたものだが、そのバイタリティはこの小説からもひしひしと感じることができる。
 歴史小説とビートルズ、ジャンルは全く違うが、その2つは“高橋克彦”という作家によってつながっているのだ。
(新刊JP編集部/金井元貴)


【関連記事】  元記事はこちら
“負けるということはその歴史を抹殺されるということ”―歴史小説家・高橋克彦さんインタビュー(前編)
結局、オバマの演説は何がよかったのか?―原田マハさんインタビュー(1)
自殺する人としない人の違いとは?―星野智幸さんのインタビュー

【新刊JP注目コンテンツ】
「竹中半兵衛16人稲葉城乗っ取り事件」に兄弟が挑む!(新刊ラジオ 第967回)
大正末の騒乱期の長篇小説(新刊ラジオ 第294回)