“歴史小説の面白さは極限の状況に置かれている人間を描くところ”―歴史小説家・高橋克彦さんインタビュー(後編)

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 直木賞作家・高橋克彦さんが17年にわたって執筆されてきた『風の陣』が、シリーズ5冊目となる『風の陣 裂心篇』(PHP研究所/刊)でいよいよ完結する。奈良時代、東北地方で起きた“宝亀の乱”という戦争を蝦夷(えみし)の視点で描いた本作だが、どのような想いが込められているのか。
 高橋克彦さんへのインタビュー後半となる今回は歴史小説の醍醐味、そして高橋克彦さんが今後書きたいことについて話を聞いた。


■歴史小説の楽しみ方は“日常では絶対経験できないような世界に踏み込んでいくこと”

―高橋先生は岩手県ご出身ということで、自分のルーツである東北地方、陸奥国をテーマとされる作品を数多く執筆していますが、東北地方とはどういう地域であるとお考えですか?

「岩手という地域に関しては、実は誇るべき文化があまり継承されていないんだよね。一番はっきりしているのは郷土料理。岩手にはほとんどないんだよ。わんこそばとかじゃじゃ麺はあるけれど、伝統的な料理はない。
歴史を見てみても、さっきも言ったけど、この地域は常に朝廷やそのときの権力と戦っては負け続けてきた。その歴史というものに対して複雑な想いを持っていて、自分の生まれ育った土地に誇りを持てなくなってしまっている気がするね。だから、花巻東高校の(菊池)雄星君が活躍したときは本当に嬉しかったよね(笑)。
でも、物書きになって自分のアイデンティティを確立するために生まれ育った土地の歴史を知らなきゃダメだということで、東北の歴史に触れたときに、しっかりとした文化はあるはずだということに気付いた。例えば奥州藤原氏の平泉なんかは100年間、その都を維持したわけね。当時の平泉っていうのは京都、博多に次ぐ大都市だったし、100年間も続けば必ず独自の文化が形成されているはずなんだよね。そういうことを知るにつれて、どうして我々より上の人たちは、東北の、岩手の歴史のすごさを子どもたちに教えてくれなかったのか、それを知っていたら自分だってもっと自信をもって青春時代を過ごせたのに…という忸怩たる想いがあって。だから、蝦夷をテーマに小説を書き始めたのは、自分のためというよりも、東北出身の若い世代の人たちに、地元が育んできた歴史・文化のすばらしさを伝えたいという想いの方が強かったね」

―高橋先生がこれまで読んだ小説の中で、最も影響を受けた作品は何でしょうか。

「それは『燃えよ剣』だね。22歳くらいのときかな。今でも覚えているけど、あの分厚いのを一晩で読みきったんだよ」

―一晩で!

「そう、布団に入ったままずっと朝まで。で、朝の7時くらいに読み終えて、布団の上に正座して、そのままボーッとしてたよ(笑)。あまりにもすごい世界に触れてしまったという感じがして。もちろんそれまでも小説はたくさん読んでいたけど、そんなに風になったことはなかった。そして、この作品との出会いが小説を書きたいという原点になっていると思うね」

―それまで自分で小説を書こうと思ったことはあったのですか?

「あったけど、どちらかというと純文学を書こうとしていたんだ。でも、土方歳三の生涯を描いた『燃えよ剣』を読んだときに、こういう歴史小説の方がはるかに大事だと思った。そして、それから一週間後くらいに『風の人』っていうタイトルで土方歳三のことを書き始めたんだ。今回の作品のタイトルにも使っている「風」という言葉の響きが好きでね。で、そのとき、一生かけても土方歳三のこと書こうと思ったのよ。今度ようやく書き始めるけどね。蝦夷5部作目として。会津戊辰戦争の、会津若松から函館までの期間だけの土方歳三をね」

―『風の陣』の読みどころはどのような部分にあると思いますか?

「理不尽への抗い、かな。蝦夷とは何かと考えたときに、最初は民族だと思っていたのね。だけど、『天を衝く』で九戸政実を蝦夷として書いたとき、九戸氏は源氏なわけだから本来は蝦夷ではないんだけど、その風土が蝦夷を育てるということに気付いた。要するに、東北に生まれ育った人間はどういう出自であれ蝦夷なんだ、と。
さらに土方の場合は、東北生まれでもないけれど、彼には理不尽に抗うという心があった。その心の持ち方そのものが蝦夷で、真正面から立ち向かっていく勇気が蝦夷の本質だと今は思っている。そういう心を、『風の陣』を通して分かってもらえれば嬉しいよね」

―最後に、歴史小説の醍醐味はどういったところにあると思いますか?

「歴史小説というと、ほとんどは戦国時代の武将がメインになると思うけど、それは、生き死にの問題があれほど切実な時代はなかったからだと思うんだよね。戦争文学というのもあるけど、人を殺す、あるいは殺されるというのは、人間にとってすごく大きなテーマだよ。
歴史小説の面白さは極限の状況に置かれている人間を描くところで、それを通して本当の人間性のみたいなものを伝えやすいんだよね。こういうことがありましたっていう史実だけだったら面白くなくて、そこにいる“人間”の心を通して、人間の本当の姿を理解するというかね。自分たちの日常では絶対経験できないような世界に踏み込んでいく、それが歴史小説の楽しみ方だと思うね。特に若い人たちにはそうした世界をもっともっと経験して欲しいと思います」

―ありがとうございました!

(新刊JP編集部/金井元貴)


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