秋を吹き飛ばす夏の勢い。終わらない夏が始まってしまった。気圧変化の関係であるというが、日本の四季は失われてしまうのだろうか。しかし、秋物のバーゲンが行われているのを見ると、日本の商魂の逞しさには恐れ入ってしまう。

 水木イズム第九十回。前回は「豆狸」と狸の民俗に関する講釈をさせていただいた。今回は、またも霊獣に関する講釈をさせていただこう。そんな今回紹介するブロンズ像はこちら。
 
 「大元神」である。これは所謂、村の守護神であり、境界に張られたしめ縄などがそれにあたる。開拓祖神や開祖神と呼ばれるものであり、蛇をモチーフにしていることが多い。後々には龍をモチーフにすることもあったようだが、始源的には蛇である。

 何故、蛇がこのような扱いをされるのだろうか。白蛇は神の使いと言われたり、抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まるとされたりする。御利益ある存在なのであるが、蛇にそのような神性が生じたのは如何なる理由からであろうか。

 それを感じ取るためには蛇の奇妙な生態について考えればよいのだ。手も足もなく動き回るその姿は、この世の物ではないと感じるに相応しい生態行動である。また、脱皮というものも、古い皮を脱ぎ捨てて新しく生まれ変わっていると観ることが出来る。すなわち、不死の象徴であると見られていたのではないだろうか。

 蛇は獲物を丸呑みにし、そして、卵によって大量に殖える。この習性は山の神の使いの零落とされる山姥とよく似ているモチーフだと言えるだろう。すなわち、蛇は山の神の使いであると見られていたのである。

 また、蛇は東方を司る太陽神であるとされていた。よく食べ、よく殖えるというところも相俟って、稲の豊穣神としての一面もあったようだ。豊穣神というのは、現代よりも食糧事情が死活問題であったころは、一番に崇められる神であったと言える。その一面を持つ蛇が篤く持て囃されていたのは当然の流れであると言えるだろう。

 蛇の呪いは恐ろしいという感覚は今でも残っており、都市伝説にもたまに蛇は現れる。例えば、新築の家を建てたものの妙なことが延々と起こる。不思議に思って、天井裏を探してみると、そこでは蛇が生殺しになっていた。その蛇を助けると、怪奇は収まったというものがある。

 やはり、その身体的特徴の面妖さは、何時の時代も変わらず不思議を与えてくれるのである。その不思議に妖怪は住んでいる。この世に不思議がある限り、妖怪は不滅なのである。そして、人間が進化を止めない限り、不思議が無くなることはない。即ち、妖怪も不滅なのである。

 妖怪はあなたのすぐそばにいる。あなたが気付くそれだけでいいのだ。ちょっと探してみてはどうだろうか。妖怪と向き合うことで、面白いことに気付くこともあるはずだ。それは人生をずっとずっと面白くする。騙されたとおもって、一度試してみていただくたい。

 妖怪学の門戸はいつだって開けっ広げなのである。


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水木イズム バックナンバー
第八十五回「ひょうとく」
第八十六回「針女」
第八十七回「倉ぼっこ」
第八十八回「小豆はかり」
第八十九回「豆狸」

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