一橋大学のMBAで経営戦略を教える楠木建教授は、さまざまな業界の会社の人間から「企業戦略」「経営戦略」について話を聞いてきたそうです。
 
 その時に「どうにも面白くない戦略だな」と感じることが多いと言います。「イケてる」戦略はもっと聞いてみたくなり知的興奮を覚えますが、「イケてない」戦略はぜんぜんワクワクしないと楠木氏は明かします。その違いは何なのでしょうか。

 戦略の優越の基準はどこにあるのかを検証した結果、楠木氏の中ではっきりと見えてきたことがあるそうです。それは「戦略が筋のいいストーリーになっているかどうか」。つまり、優れた戦略とは「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」だということ。

 ここでひとつの事例として、スターバックスの戦略について紹介します。スタバが日本に進出したのは1996年8月、1号店を銀座に出店したのが始まりでした。それから14年たった今、スタバは各地にファンを増やし、2010年6月現在、国内では青森、山形、鳥取、島根以外の43都道府県に出店しています。

 しかし、一体なぜ、こんなにスタバ好きが増えたのでしょうか? コーヒーがおいしいからでしょうか?

 もともとシアトルの小さなコーヒー豆の小売会社だったスターバックスは、1987年にハワード・シュルツ氏(現会長兼社長兼CEO)がCEOに就任してから急成長を始めました。それ以前のスタバは本格的なコーヒー豆の小売業者。この時点でのコンセプトはストレートに「本物志向のコーヒーを提供する」でした。

 しかし、シュルツ氏が構想したコンセプトは「第三の場所」というもの。1980年代に入り、アメリカは価値観の断片化が進んだ結果、過剰なハイテンション社会になりました。職場では競争のプレッシャーが強く、家庭でもいろいろな問題が起こります。そうした人々は、職場とも家庭とも異なる「第三の場所」を欲しているのではないか、というのがシュルツ氏の洞察でした。

 つまり、コーヒーを売るのではなく、くつろいだ雰囲気の中でテンションを下げるという経験なり文化を売るというのがスターバックスのコンセプトで、コーヒーそのものはそうした経験を提供する手段であると考え方のです。「第三の場所」を提供することができれば、単にコーヒーを飲ませるよりも単価を高くすることができます。居心地がよければ、顧客は習慣的に第三の場所に来るようになります。

 事実、1990年代後半には、アメリカのスターバックスの顧客は平均して週に18回も来店するようになっていたそうです。さらに、日本のスターバックスの利用客からの問い合わせで多い質問が、「このソファはどこで買えるのか教えてほしい」。あまりの座り心地の良さに、スタバに置いてあるソファと同じものが欲しいという人が後を絶たないといいます。しかし、残念ながらこのソファは本国での特注生産のため、個人が入手することはできないそうです。お客はまたスターバックスの居心地のいいソファを求めて来店します。

 従来の企業戦略は、構成要素を吟味した「アクションリスト」や、成功事例の最も目立つ部分から教訓を引き出そうとする「ベストプラクティス」などを用いてきましたが、優れた戦略の条件には、スターバックスのような生き生きとした面白いストーリーが必要不可欠であると楠木氏は指摘しています。

 楠木教授の近著『ストーリーとしての競争戦略』には、ほかにも「アマゾン」「楽天」「アスクル」「ブックオフ」など数々の企業の成功事例の戦略と筋の良いストーリーが数多く紹介されています。その豊富な実例が膨大な取材と研究の裏付けに基づきたっぷりと披露されているため、500ページに及ぶ大著になっています。しかし、そこは「優れた戦略には面白いストーリーが必要不可欠」であることを指摘する楠木氏。自身の著書でもそれを裏付けるかのように、一気に読ませてしまいます。

 本書は過去を分析する戦略論ではなく、未来を作る戦略論になっています。これを読めば、明日からの自分の仕事にも"戦略"を持って臨めるようになり、仕事がワクワクしてくるに違いありません。



『ストーリーとしての競争戦略』
 著者:楠木 建
 出版社:東洋経済新報社
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