何があっても自分の非を認めない。無茶な命令ばかりする。たいして仕事もできないクセに偉そうなことばかり言う...。

 自分で会社でも起こさない限り、たいていはバカな上司に悩まされるもの。しかしながら、出世や昇給のためには、そんなバカ上司ともうまく付き合っていかなければなりません。

 こうした状況は、いつの時代もどこの国でも同じようです。いまから2500年以上前の中国に、晏嬰(あんえい)という宰相(さいしょう)がいました。宰相とは、皇帝や王などの君主を補佐する最高位の官職で、いわゆるナンバー2の存在。

 晏嬰が宰相を務めていた斉の国には、景公という王がいましたが、これがまた何の取り柄もない凡庸な人物。少しでも目を離すと何をしでかすかわからないバカ上司であったため、晏嬰はことあるごとに諫言せざるを得ませんでした。

 ある冬、晏嬰が外交使節として国を留守にしているのをいいことに、景公は新宮殿の造営を命じます。この年の冬は、ことのほか寒さも厳しく、凍死する者が続出。しかし景公はかまわず工事を続けました。そんな最中に晏嬰が帰国。さっそく景公に工事を中止するよう諫言します。説得は無事に成功。工事の中止が決定すると、晏嬰はすぐさま工事現場に駆けつけ、人夫たちにこう告げました。

 「皆の者、よう聞け。われらにだって雨風をしのぐくらいの家はある。わが君に宮殿一つつくってさしあげるのに、このざまはなんたることか。急げや、急げ」

 あろうことか、工事を急ぐように人夫たちを叱咤したのです。晏嬰が工事現場を後にすると、人夫たちの不満はもう爆発寸前。恨みの矛先は晏嬰にも向かったことでしょう。しかし、晏嬰の叱咤と入れ替わりに、景公から中止命令が到着。人夫たちは歓喜の声をあげ、我が家に帰っていきました。

 もしここで晏嬰が、「私が景公に諫言して工事を中止させた」と言っていたらどうなっていたことでしょう。人々は晏嬰を褒めちぎり、景公の評判は地に落ちるはず。これでは上司である景公もおもしろいはずがありません。

 バカ上司をバカ上司として切り捨ててしまうことは簡単ですが、ときにはバカ上司の顔を立ててあげることも大切です。当時の中国では、あらぬ疑いをかけられて地位を追われる者も少なくありませんでしたが、晏嬰は40年もの間、宰相の地位を保ち続けました。

 中国文学者として、歴史上の人物を数多く紹介してきた守屋洋さんの著書『中国名参謀の心得』には、前述の晏嬰をはじめ、歴史に名を残すナンバー2たちの様々なエピソードが綴られています。日頃からバカ上司に悩まされている方はぜひ一読してみてはいかがでしょうか?



『中国名参謀の心得』
 著者:守屋 洋
 出版社:ダイヤモンド社
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