英国のライター、ジョナサン・ウィルソンは、自著「サッカー戦術の歴史」の中で、1960年代のイングランドについて、こう述べている。
「世界は技術を進歩させ、ますます洗練されていく守備パターンや、流動性を考えていたが、英国のフットボールだけは多少巧妙さに欠ける自分流のやり方で一人旅を続けた」

要するに当時のイングランドでは「直線的に素早くゴールを狙うダイレクトなフットボールの方が効果的だ」という主張が目立ち、それを実践したアルフ・ラムジー監督のもとで66年自国開催のW杯を制した。
だが一方で、この優勝があったから、イングランドの進歩は止まったという説も根強くあったそうだ。そこがサッカーの難しいところである。W杯で優勝したのだから、イングランドは究極の結果を手にしたことになる。しかし最高の結果を前にしても、これではいけないという声が出る。英国メディアの真髄かもしれない。

実際イングランドは、衰退の一途を辿った。初優勝に導いたラムジー監督は、大きな勲章を手に長期政権を敷くが、74年大会の予選では史上初の地域予選敗退という屈辱を味わい解雇される。結局サッカーの母国は、74年、78年と2大会連続してW杯出場を逃し、長い低迷に陥るのだった。

おそらく南アW杯で、岡田監督以上に日本代表を好成績に導けた指導者はいなかったと思う。カメルーン戦やパラグアイ戦が守備的で勇敢さに欠けたと国際的には酷評されたが、現状の日本の戦力で結果を求めれば、たぶんあの方法しかなかった。
例えば、今大会で絶賛されたドイツでも、スペイン戦ではすっかり腰の引けた試合をしている。どんな志を持っていても、どうしても相対的に守備に重きを置かざるを得ない試合はある。そういう意味では、日本は9位という成績を残したが、世界で9番目の実力を証明したわけではない。W杯の決勝トーナメントで内容的にも互角以上の攻撃的な試合を実現するためには、そういう選手たちを育てていくための明確なビジョンが必要になる。

危険なのは、日本サッカーが代表チーム主導で進みがちなことだ。トルシエがフラット3を導入すれば、彼のコンセプト抜きに、瞬く間に少年サッカーの現場も3バックばかりになった。南ア大会を終えて、まだ間がないが、案の定巷の学校サッカーでは、低めの最終ラインにアンカーを配したチームが目につくようになった。
かつてドイツは3バックで、マンツーマンという時代が長く続いた。だが2000年の改革を経て、日本で言えば技術委員長に相当するマティアス・ザマーの主導で、全てのチームが4バックのゾーンで戦うことを義務づけた。

肝心なのは、日本協会が結果とは別に、この国のサッカーの進むべき道を示すことだ。岡田監督は土壇場で方向転換をして結果を出した。しかしサッカーでは、結果が出たものが全て正しいとは限らない。レアル・マドリードやバルセロナでは、リーグ優勝を飾っても解任された監督がいる。特に育成年代のチームの多くが、岡田監督の苦肉の応急措置を真似るようでは、追いかける立場として健全な成長は望めない。

例えば、ベスト16に進んだW杯と、グループリーグで敗退したU17W杯では、どちらが世界に近かったのか。功績は最大限に讃えていい。しかし日本サッカー界には、それとは切り離した冷徹な検証と指針が必要だ。(了)