【漫画家カラスヤサトシ インタビュー】自伝漫画『おのぼり物語』が映画化! カラスヤサトシ史上最大の波が来た?

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 29歳にしてコネもツテもなく、漫画家を目指して大阪から上京してきた主人公が東京(というより西東京市)で右往左往する姿を綴った四コマ漫画『おのぼり物語』(竹書房)。安アパートから見える田無タワーを東京タワーと勘違いして、うっとりするなど漫画家カラスヤサトシ氏自身のちょっと痛い体験エピソード集は2008年の単行本発売以降、じわじわと人気を呼んでいる。思い切って上京したものの、出版社への営業活動がうまく行かず仕事が見つからないという焦燥感、後半はアパートからの立ち退き、さらには良き理解者だった実家の父親が入院してしまうという四コマ漫画らしからぬシリアスなストーリーが展開される。地方出身者の共感を得やすい題材とはいえ、イケてない西東京市を舞台にした『おのぼり物語』が実写映画化されると知り、驚いたファンも少なくないだろう。原作者本人も「人気作家でもないボクの自伝映画が公開されるなんて、いいんでしょうか?」と戸惑っているほど。しかし、スルメのような味わいのある原作同様に、映画も笑いとペーソスを盛り込んだ好編に仕上がっているのだ。

 この日は、主演の井上芳雄、毛利安孝監督と共に映画『おのぼり物語』の完成記念トークイベントに参加したカラスヤ氏。漫画の自画像は三頭身のメタボ体型だが、実際の本人はもっとスリムで体育会系的なボディの持ち主である。同席した竹書房の女性編集者からツッコミを入れられながらも、連載時のこと、編集者との関係、ふだんの生活について屈託なく語った。

──『おのぼり物語』の映画化、おめでとうございます。36歳にして自伝映画が公開されるなんて、すごいじゃないですか。

カラスヤ ありがとうございます。でも、本当にいいんですかね。藤子不二雄先生みたいな大漫画家ならともかく、自分みたいな売れてない漫画家の自伝が映画になるなんて。友達からも、「こんなこと、もう一生ないぞ」なんて言われています(苦笑)。

──功成し遂げた人物が自分の青春時代を振り返る作品は多いと思いますが、まだ客観視しにくい比較的最近のエピソードですよね。

カラスヤ そうです。編集者からの依頼だったんですが、普通はこういうハンパなタイミングでやりませんよね(笑)。自分でもまとまりがつかなくて、できれば描きたくなかった作品なんです。最初は「上京時のエピソードを描いてください」という依頼だったんです。ボクは「上京時にいいことなんて、ひとつもありませんでしたよ」と説明したんですが、「それを描いてください」と。連載3回くらいで終わるかなぁと手探りで始めました。2回目で編集者から「単行本が1冊出せるまで続けましょう」と言われたのかな。ボクとしては3回目からはグルメレポート漫画に変更したかったんですが、却下されました(苦笑)。当時の担当編集者は映画の完成を待たずに退職しちゃいましたけど。

──編集者は手応えを感じていたということですね。本人的には?

カラスヤ 自分では連載中に手応えというのは特に感じませんでした。ただ、他の漫画誌では自分の近辺エピソードをギャグ漫画にして描いていたので、それとどう違いを出すかで悩みました。最初は四コマ漫画なのでもっと笑えるものにしなくちゃという意識だったんですが、連載が続くうちに時系列順に自分に起きたことをそのまま描いているうちに、アパートの取り壊しや父親の入院という笑えない出来事も描かざるをえなくなったんです。『おのぼり物語』の単行本が出たときは、普段はボクの本を買ってくれない知り合いたちからも「買うたで!」と連絡がきたので、今までで一番反響があったのは確かですね。意外とみんな、シリアスなものを読みたがってるんですかね。自分では他のギャグ漫画も身を挺して描いているつもりなんですけど(苦笑)。

──試写会には2度とも遅刻したとか。それは、また何故?

カラスヤ 言い訳するつもりはないんですが、1回目の試写は調布で、西武線から京王線の調布まですごく行きにくいんですよ。前日、徹夜してたんで、10分だけ休憩しようと横になって起きたら、すでに試写の開始時間でした。猛スピードで試写会場まで駆けつけたんですが、上映はほぼ終わりかけで、しかも途中入場を最初は断られ、「原作者なのに会場に入れないのはかわいそう」ということで終わりのほうだけ観させてもらいました。2回目の試写は都心の京橋だったんですが、上映時間に間に合うように京橋に到着したものの、試写会場が分かりにくく、さらに携帯電話の充電が切れてしまって場所を確認することができずに遅れてしまったんです。ボクは時間通りに到着してたのに、会場が分かりにくい場所にあったんです。

担当編集 カラスヤ先生、言い訳が長いですよ。

カラスヤ でも、原稿の締め切りはちゃんと守ってるよ。締め切り日ギリギリで数時間は遅れることはあるけど、落とすことはないよね! その点、試写の上映は融通が効かなくて......。

担当編集 締め切りも時間通りにお願いします!

──あの、インタビューに戻ってもいいですか? まだ全編は観ていないということですが、映画の感想について聞かせてください。

カラスヤ 面白いですよ。毛利監督がビジュアル的に印象に残るオリジナルエピソードを加えていて、楽しめました。怪しいロシア人がアパートに暮らしていたり、ロシア人からもらった蟹をペット代わりに飼育したり、漫画家の単調な生活を描く上で、いいアクセントになってますよね。それに主演の井上芳雄さんは、ミュージカル界の王子さまと呼ばれているほど足が長くてカッコいい俳優さんなのに、撮影現場を訪ねるとネルシャツにジーパン姿で何となく漫画家っぽい雰囲気になっていたので、「さすが俳優だなぁ」と感心しました。

──意外とオレに似てるなぁ......と?

カラスヤ いやいや、冗談でもそんなこと口にしたら、井上芳雄さんのファンに八つ裂きにされますよ! 単行本の発売記念でサイン会を開いたりして、「漫画みたいな三頭身じゃないんですね」と好意的な言葉を最近は掛けてもらえるようになっていたんですが、映画を観た人はボクに会ったらガッカリするでしょうね。なんせ、井上さんは八頭身ですから。

──原作で描かれていた女友達Nさんとの淡いラブロマンスが、映画では胸キュンなラブストーリーに膨らんでいます。

カラスヤ いやー、原作では、編集者に「恋愛的な要素を入れろ」と要求されて、無理矢理入れたネタなんです。Nさんとは確かによく飲みに行く仲でしたが、恋愛を予感させるような関係ではありませんでした。Nさんには内緒で漫画に描いたんです。それで単行本が出たときにNさんから「単行本、買ったで〜」というメールが来たので、返事のしようがなくて2週間くらい放ってました。映画になったこと、Nさんに気づかれないか心配です。

──普通、気づくでしょ。この際、インタビューで謝っておきましょうよ。

カラスヤ そうですね。Nさん、映画の中では"嘘つきで、見栄っ張り"というキャラクターになっていますが、それはボクがそう思っているわけじゃなくて、毛利監督が映画用に考えたキャラクターです。ボクは悪くありませんから......。

──今じゃ連載も多数抱え、代表作が映画化され、女性にモテモテでしょう?

カラスヤ いや、全然そういうことはありません。アパートから一歩も出ずに漫画を描いているので、女性との出会いがありませんよ。

担当編集 人生のモテ期を逃すと大変ですよ〜。

カラスヤ だから、来てないよ!

──女性漫画家・東村アキコさんとの飲み会には、東村さんの女性アシスタントが多数参加したそうじゃないですか。

カラスヤ あぁ、去年ですが、東村さんがアパートに籠り気味のボクに気を使って飲み会をセッティングしてくれたんです。そのとき、女性アシスタントさんからバレンタインのチョコレートを渡されたんですが、ボクは酔っぱらっていて、その場で包装紙をビリビリに破いて、チョコを手づかみでみんなに配り回ったそうです。でも、そのチョコを渡されたところから、ちょうど記憶が飛んでしまって......。女性が飲み会に参加すると、どうもテンションが上がって、ついつい酒を飲み過ぎてしまうんです。

──せっかくのモテ期が......。

カラスヤ だから、来てませんって!

──話題を変えましょうか。映画の中に、「これから忙しくなると思うよ。根拠はないけど」と無責任な励まし方をするメガネの編集者(八嶋智人)が登場しますが、あれは『カラスヤサトシ』(講談社)でおなじみのアフタヌーン編集部のT田さんがモデルですか?

カラスヤ そうです。原作の中では他社のキャラなんで電話だけのエピソードにしていたんですけどね。『カラスヤサトシ』で散々描いてますけど、T田さんは漫画家を誉めたり励ましたりすることが一切ない人なんです。そんなT田さんが「忙しくなると思いますよ。具体的に仕事のオファーが来てるわけじゃないですけど」と言ってくれたんです。ダメなときはダメとはっきり口にする人だから、その分、すごくうれしかった。仕事が本当にない状態のときだったので、「うわ〜、そんな風に思ってくれて編集者がおるんや」と自信に繋がりましたね。

──連載中の『カラスヤサトシ』ではT田氏と罵倒し合ってますが、実は仲良しなんですね。

カラスヤ お互いに、性格が頑ななんです(苦笑)。以前は酒を飲みながらネームの打ち合わせとかもしてたんですが、最近では打ち合わせすらほとんどしていません。

担当編集 でも、T田さん、試写会には早い段階で来てくれて、コメントもくださいましたよ。「オレ、いいこと言っちゃったな」とか言いながら(笑)。

──へぇ〜、漫画家と編集者の知らざれる友情ですね。ちなみに、ご家族は映画はもう観てる?

カラスヤ 大阪にいる母には東京で試写会があることを電話で伝えたんですけど、「そうなん。ほんで、あんたは仕事あるの?」みたいな話になって。映画よりも、ボクが食べていけているのかが今だに心配みたいです(苦笑)。

──『おのぼり物語』は編集者や家族とのやりとりが、そのままリアルに描いてあるんですね。お父さんの入院エピソードは、やはり描きにくかった?

カラスヤ 大変は大変でした。でも親との別れは多くの方が経験していることですから。その部分だけクローズアップするつもりはなく、起きたことを淡々と描こうという意識でした。もちろん、父親の入院エピソードに関しては、描いていないネタもたくさんあるんです。正直いうと、きれい事のエピソードを選んでいます。もっと生々しいネタも考えたけど、自分からそういうネタは外しました。自分自身の現在進行形の物語でもあるので、連載の最後は明るく希望を感じさせるものにしたいというのがありました。

──最後に、上京しようかどうか考えている地方在住者にひと言、どうぞ。

カラスヤ うまくいくかどうかは別にして、一度上京してもてもいいんと違いますか。町の小さな不動産屋に頼むと、意外とアパートを紹介してくれますよ。ボクの場合は29歳で仕事がなくて仕方なく上京したんですが、もっと若い頃に上京していたら、潔く諦めて帰っていたかもしれない。あのとき、あのタイミングで上京したのが良かったように今になっては思いますね。上京は必然だったのかなって。自分の体験が参考になるかどうか分かりませんが、やりたいことをやるのに年齢は関係ないんじゃないですかね。それから、ボクも今が人生のピークにならないよう、これからもっとガンバるつもりです。せっかくですから、映画の公開中にモテ期が来るようにしたいですね(笑)。
(取材・文=長野辰次)


『おのぼり物語』
原作/カラスヤサトシ『おのぼり物語』(竹書房) 監督/毛利安孝 出演/井上芳雄、肘井美佳、チチ松村、キムラ緑子、佐伯日菜子、水橋研二、河井青葉、占部房子、徳井優、江口のりこ、哀川翔、八嶋智人 配給/東京テアトル 7月17日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー公開
<http://www.onoborimonogatari.com>
(c)2010「おのぼり物語」製作委員会

カラスヤ・サトシ
1973年大阪府出身。95年に漫画デビュー。以後、サラリーマンや派遣社員をしながら漫画を描く。01年に上京。03年から「月刊アフタヌーン」(講談社)で連載中の『カラスヤサトシ』は現在4巻まで単行本化。『おのぼり物語』は「まんがクラブ」(竹書房)にて06〜08年に連載され、単行本化された。6月に単行本が発売された『野生のじかん』(竹書房)もヨロシクね。



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