成果をあげたかったら常識を疑うべき、という3つの事例

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 例えば企業で働いているなら、同僚よりも少しでも多くの功績や、成果をあげたいと思うのは人の常ですが、抜きんでた実績を作ることは容易ではありません。

 そんな時、使い古された言葉ではありますが、“常識を疑ってみる”というのは大きな発想の転換を生むきっかけになるようです。

 今回は7月9日に出版される『世界を驚かせた日本人の発明力』(竹内一正/著、アスキーメディアワークス/刊)より、偉大な先人たちの“常識に捉われない”生き方を紹介します。

■一度決めた目標は、変えてもいい(屋井先蔵)
 ビジネスに限らず、あらゆる場面で「初志貫徹」は美化されています。
 この“常識”のおかげで、一度決めた目標を変更することには常に後ろめたさが伴うものですが、そんなこと気にすることはありません。
 世界中で使われている乾電池を発明したのは屋井先蔵という日本人ですが、彼が乾電池を発明できたのは、それまで開発していた完全電気時計を諦めたおかげだと言われています。
 目標は大事ですが、こだわりすぎてもマイナスになるということを覚えておきましょう。

■年齢に捉われない(からくり儀右衛門)
 これは特に日本に顕著ですが、年齢に捉われると自身の成長を阻害する要因になります。
 例えば若いうちは現場でバリバリ働き、ある一定の年齢に達したら管理職として部下をマネジメントする立場になるのをよしとする風潮は確かにあるようです。
 しかし、歴史に残る偉大な発明をした人には、こういった風潮にとらわれず、何歳になっても自分の興味のある分野を追求し続けるという生き方をした人が多いのも事実。
 「万年時計」をはじめ、数々の発明を残しながらも、50歳で蘭学を習い始め、75歳で東京進出を決断した“からくり儀右衛門”こと田中久重のように。

■専門外の分野にも積極的に踏み込む(杉浦睦夫)
 自分の専門分野を持つことは重要ですが、それは他分野をおろそかにしてもいいということにはなりません。自分の専門とそうでないものの線引きをしないことで、まったく新しいアイデアが生まれることがあります。
 杉浦睦夫が発明した“胃カメラ”は医師と技術者が互いに専門外の分野に足を踏み込んだ結果だと言えます。

 『世界を驚かせた日本人の発明力』には、この他にも常識に捉われない柔軟な発想でもって大きな功績を残した日本人のエピソードが掲載されています。
 ビジネスパーソンとして一皮剥けたいと思っているなら、一読してみてはいかがでしょうか。
(新刊JP編集部/山田洋介)


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