昨今、「幕末・明治」と「論語」がブームともいえる人気を見せています。これは、政治や経済の低迷が続くなかで、日本人が「指針となるもの」を探しているということが影響しているようです。幕末から明治にかけて、新たな時代を切り開いた人たちの活力。そして、論語に見られる人生に対するブレない見方。それらを現代の日本人は痛切に求めているのです。

 幕末の儒学者・佐藤一斎の『言志四録(げんししろく)』をご存知でしょうか。これは、西郷隆盛が座右の書としただけでなく、弟子であった佐久間象山をはじめ、吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、伊藤博文といった幕末維新の志士たちが学んだ幕末のバイブルです。その書の中に「師の選び方」について述べられている部分があります。


 「太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経を師とす。」
(最上の人は宇宙の真理を師とし、第二等の人は立派な人を師とし、第三の人は経典を師とする)

 師をどう選ぶか。かつてこれはとても大きな問題でした。どの道を進むべきか、何を学ぶべきかについては、師となる人を通して教えを受けていたからです。
 
 最近は、師というものを持たない人が増えてきています。それは、さまざまな情報を手に入れやすくなったからかもしれません。また、師を選ぶという意識が薄れたのには、学校教育の影響も大きいと言えるでしょう。学校の先生は自分で選ぶものではありませんし、卒業とともに離れてしまいます。

 本来の「師」というものは、もっと密着したものです。しかも自分が選ぶもので、生活を共にし、全人格的に影響を受け、生涯にわたる関係を築き上げるものです。だからこそ、師をどう選ぶかは、とても重要なことでした。

 しかし、考えてみると、師を選ぶ意識が薄らいだからこそ、いまはよい師に出会うことがなお一層難しくなっているとも言えます。

 現代は、師を探すよりも「自分探し」をする人が多いといえます。しかし、その根底にあるのは、「いまの自分なんて、それほどたいしたものではない」という思いです。たいしたことがないからこそ探しにいくのですが、うまくよい師と出会えればいいものの、「師から学ぶ」という意識が低い分"耳触りがよいことを言うだけのたちの悪い人"にひっかかってしまう危険性もあります。

 佐藤一斎は師選びの方法を「天」「人」「経」の三段階で提案しています。ちなみに経は経典や経典を意味する言葉で、ここでは古典ととっていいでしょう。

 天を簡単にいえば「自然」ということですが、なぜ自然を師とするのがいいかというと、人自身もまた自然の一部だからです。自然は、膨大な時間をかけて調ってきた「調和」の上に成り立っています。次によいのが、生きている人の中から先生と呼ぶにふさわしい人を探すことです。最後に古典ですが、自分にとって軸となる、そこに立ち戻ることのできる「本」であれば、必ずしも古文で書かれた古典である必要はありません。

 「自分探し」はとても重要なことです。その取り組みのなかに「師探し」もいれてみてはいかがでしょう。行き詰った道が開くこともあるかもしれません。



『最強の人生指南書』
 著者:齋藤 孝
 出版社:祥伝社
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