前回W杯の主役をひとり選ぶとしたら、MVPを獲得したジネディーヌ・ジダンだろう。獅子奮迅の活躍でフランスを決勝に導き、その決勝の舞台ではあっと驚くペナルティキックで先制ゴールを決めながら、試合終了まで10分を残して相手選手に頭突きを見舞う“狂態”を演じて自ら幕を引いてしまった。

 今回の大会で、フランスには主役を演じきれる選手がいなかった。フランス歴代最多の得点を誇るティエリ・アンリは、予選プレーオフで犯した“反則”を引きずって調子を落とし、看板俳優の座を降ろされた。代わって主役を期待されたフランク・リベリは、セックススキャンダルで名を汚し、その返上に躍起になるあまり、個人技に走って自滅した。

 そしてもうひとり、“楽屋裏”で暴発し、舞台を滅茶苦茶にしてしまった役者がいる。昨年のプレミアリーグ得点王、ニコラ・アネルカだ。16歳でプロデビューし、誰もが認める才能をもちながら、過去3度にわたりW杯出場を逃し、31歳でようやく初出場のチャンスをつかんだ男だ。

 レイモン・ドメネク監督は、開幕前の強化試合でアンリをベンチに残し、アネルカのワントップに賭けた。しかしそのプレーはチェルシーで見せた精彩を欠き、メディアの批判にさらされた。17日のメキシコ戦でも、最前線のポジションを放棄してボールをとりに低い位置まで下がる癖を改めず、0―0で前半を終えたハーフタイムに、控え室でドメネク監督から注意を受けた。

 この舞台裏では、信じられない場面が展開していた。レキップ紙によると、プレーを改めるよう“丁寧に”注意した監督に激高したアネルカが、「カマでも掘られやがれ、この淫売のムスコ!」というとんでもない言葉で罵倒したというのだ。ドメネク監督は「わかった。もう出さない」と答えて、後半からアンドレ=ピエール・ジニャックに交代させた。

 振り返れば、ハーフタイムが終わったグラウンドに真っ先に登場したのは、普段なら選手を送り出して最後に出てくるはずの監督だった。遅れてピッチに出てきた選手たちの表情はうつろ。気力を欠き、メキシコに得点を奪われるのも時間の問題だった。

 この出来事が翌々日(19日)のレキップ紙で報じられた。その一面の見出しは前代未聞。アネルカがドメネクを罵った前述のフレーズが、そのまま見出しとして引用されたのだ(のちにフランスサッカー連盟FFFの会長が、その通りではなかったが、それに近かったと証言)。一般紙を抑えてフランス最多の発行部数(無料紙を除く)を誇るスポーツ紙がこのような見出しを掲げたのは、あまりに異常な事態。たちまち社会問題となった。

 FFFのジャン=ピエール・エスカレット会長はその日のうちに会見を開き、アネルカをチームから追放したことを発表した。会長によると、アネルカは「品位ある態度で重々しく」この命令を受け入れ、大会途中にして南アフリカを去り、自宅のあるロンドンへと早すぎる帰国を迫られた。

 アンリのハンドによるアシストでW杯出場をつかんだフランスには、世界中から批判が集中した。南アフリカのピッチで名誉を挽回するはずが、魂の抜けたようなプレーに終始したうえ、舞台裏の騒動でさらなる不名誉を受けてしまった。22日、開催国との“最終戦”に、選手たちはどんな態度で臨めるのだろうか。

 ジダン、ドメネク、アンリ、リベリ、そしてアネルカと、悪役が勢揃いしてしまったフランス。問題はサッカーだけのことにとどまらない。そして、アネルカひとりに問題をかぶせてしまうこともできない。わずか4年の間に、ここまで社会的なスキャンダルを続発させた責任をとるべき人物は、間違いなくフランスサッカー界の頂点に座るFFFの会長だろう。しかし会見で大会後の辞任の意向を問われたエスカレット会長は、「ノン、妻にだってそんなことは言っていない。ノン、ノン」と否定した。