FC東京―鹿島戦は1−1で均衡を保ち、終盤を迎えていた。
鹿島が前がかりに出て攻勢を強めようとしたところで、東京は羽生がインターセプト。鹿島は前に人を割いているので、敵陣には大きなスペースが広がっている。東京サポーターが胸を躍らせるシーンである。
ところがその瞬間に、全速力で羽生を追い越す選手が現れない。結局左右を窺った羽生だが、ペースダウンを強いられカウンターのチャンスを逸した。

「人もボールもよく動くサッカー」
今では多くの指導者が理想として掲げるが、その先鞭をつけたのは千葉時代のオシムだった。ボールを奪った瞬間に、次々にボール保持者を追い越す選手が現れる。躍動感に満ちたスタイルで、降格争いの常連だったチームが、一気に上位に顔を出すようになった。もしかすると個々の技術水準では、現在J2で戦っている千葉と大差はなかったかもしれない。だがオシム時代の千葉の選手たちは、いつ何をするか、さらに言えば、どんな時にリスクを冒して無理をするかを心得て、それをチーム全体が共有していた。羽生も千葉時代なら、同様のケースで矛を収めなくても済んだに違いない。 

もちろん試合は拮抗して、疲労も蓄積し、集中を保つのが難しい時間帯だった。相手はリーグ最強の鹿島。FC東京の選手たちは、勝ち切ることより、勝ち点確保を優先するバランス感覚を働かせたのかもしれない。
だが守備から、一転してスピーディーなカウンターを繰り出すシーンは、サッカーの最大の醍醐味と言っていい。ましてFC東京にとって鹿島は「超えることを目標としてきた」(城福監督)相手。むしろ足がつってもダッシュをしようとする選手がどれだけいるかで、試合は迫力を増し、そういう試合が増えていかないとリーグも活性化していかない。

昨年のコンフェデレーションズカップで参加8か国中最もチーム走行距離が短かったのはスペインで、2番目に少ないのがブラジルだったという。逆にボールポゼッションは、一番高いのがスペインで、2位がブラジル。因みに日本代表のチーム走行距離は、スペイン代表を凌駕している。ところが現場は、プロから少年まで走るトレーニングに傾倒しがちだ。日本代表の岡田監督も「1人が、あと1?ずつ走れば」と強調する。

しかし観戦者には、コンスタントな一生懸命より、メリハリの効いたスプリントの方が興奮を誘う。岡田監督が切り替えの速さを強調したことにより、確かに日本代表の試合でも攻から守への切り替えをさぼる選手は見当たらなくなった。だが守から攻への迫力は、一貫して日本サッカーの大きな課題として横たわっている。

FC東京の城福監督は、常に時計の針を12時に、と心掛けているそうである。
「何かを追求すれば、何かが落ちる」
常にバランスを考えていくことを、そういう比喩で表現した。量ばかりを強調すれば、質が落ちるかもしれない。
「疲れた時に質を上げられれば」と同監督は話した。

今、日本全体が量に傾き過ぎている。プロから少年まで、指導者たちは「走れ、走れ」と、量を上げることばかりに躍起になっている。だが肝心なのは、いつどれだけのパワーで走りリスクを冒すかの判断であり、相手とコンタクトし、頭を働かせながらプレーをするスタミナを養うことだ。またそこが試合の中で見えてこないと、興行としても退屈なものになる。
何を強調して、サッカーに取り組むのか。指導者は、もう1度世界を基準に12時を考えて欲しいと思う。(了)
 
加部究(かべ きわむ)
近著に「大和魂のモダンサッカー」(双葉社)「忠成〜生まれ育った日本のために」(ゴマブックス)。構成書に「史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド」。