6月のワールドカップで、日本代表は本当にベスト4に入ることができるのだろうか。スポーツライターの杉山茂樹氏は語った。

 これまでのサッカー日本代表をふり返ると、ずっと勝ち負けにこだわってきた。勝てば喜び、負ければ悲しむ「結果至上主義」。なぜなら、エンターテインメント性を追究している余裕などなかったからだ。1998年のワールドカップフランス大会まで、一度も本大会の舞台に立てなかったことが輪をかけた。2002年日韓ワールドカップを控えた日本は、「絶対に負けられないサッカー」を目指していた。
 
 成績が右肩上がりの時は何も問題はなかった。少々のつまらなさは、勝利の喜びが補い、解消してくれた。まだ見ぬ世界へ上昇していく喜びが、内容の善し悪しの問題を上回っていたのだ。しかし、経済同様にその右肩上がりは、いつまでも続かない。限界は徐々に見えてくる。06年ドイツワールドカップの初戦でオーストラリアに逆転負けすると、それはより鮮明に。1分2敗の成績で敗退すると、日本サッカー界はバブルが崩壊したかのように冷え込んだ。テレビの視聴率は落ち込み、スタンドも満員に膨れ上がることが珍しくなった。

 ふと気づけば、サッカーが面白いものには見えなくなっていた。それが一般的な国民感情ではないだろうか。人気選手不在だけが原因ではない。サッカーそのものに華を見いだしにくくなった。「結果至上主義」に走りすぎた弊害が、いま雪崩を打つように表面化してきている。エンターテイメント性の低さを一気に露呈させているのだ。

 右肩上がりの成長に終止符が打たれた現在、日本のサッカーに方向転換が求められていることは間違いないが、岡田監督はワールドカップ南アフリカ大会の目標を、再び結果に据えている。誰に頼まれたわけでもないのに「ベスト4」という、壮大なものをぶち上げてしまった。

 メディアもそれに乗っかろうとしている。離れていったサッカーファンをもう一度振り向かせようと、これ幸いとばかりに「ベスト4」を利用している。しかし、そこでいつも通りの成績に終わったら、サッカー熱はさらに冷え込むことが予想される。普通の結果では許してもらえない状況を、サッカー関係者がこぞって作りだしてしまった恰好だ。

 世の中はいま、攻撃サッカーの時代だ。相手が引けば、必ず前に出る。同時に、ストライカーの時代ともいえる。どのチームも優秀なストライカーを擁している。日本とは違い、相手に引かれてもこじ開ける力を持っている。ワールドカップで番狂わせを起こそうと思ったら、逆に攻撃的に出ていった方が効果的だろう。相手を上回る攻撃サッカーで、格上チームを慌てさせた方が、番狂わせの可能性が増す。過去の番狂わせのサンプルを照らしても、強者が弱者のサッカーに慌てて、平常心を失い、混乱に陥ることが前提になっている。

 しかし、日本は長い間そうしたサッカーをしてこなかった。絶対に負けられないサッカーを演じてきたからだ。たたみかけて攻撃を仕掛けた経験がない。今回の岡田ジャパンは、98年大会よりも前から積極的にプレスをかける姿勢を随所に垣間見ることができる。布陣も4-2-3-1と、従来よりも攻撃的だ。だが、番狂わせの主役を立て続けに演じそうな気配はまるでない。面白くないし、魅力的でもない。むしろ、予選のなかでアジアの小国から番狂わせを食らいそうなサッカーをしている。

 逆境を一発で跳ね返してくれそうな、驚異的な力をもつスーパーなフォワードもいない。ならばどうするか。結果至上主義を脱し、ゲームの進め方に抜本的なメスを入れるしか方法はない。残された時間は本当にわずかだが、何もしなければ、歴史がただ繰り返されるだけだ。



『「決定力不足」でもゴールは奪える 』
 著者:杉山 茂樹
 出版社:双葉社
 価格:840円
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