非実用新書ガイド『新書七十五番勝負』 で読書の楽しみ&新書の底力を再確認!

写真拡大

 私事で恐縮だが、僕は2007年から昨年まで、日経ビジネスオンラインで「日刊新書レビュー」という書評コーナーを編集していた。連載当時は新書バブルまっただ中で、月間の新刊発刊点数は150冊以上。新書の王道たる教養路線の入門書はもとより、ビジネスや自己啓発、サブカルから生活実用系まであらゆる分野をカバーしていた。しかし、はっきりいって「良書」としてオススメできるような本は一握り。粗製濫造。週刊誌の記事を詰め合わせたようなやっつけ本や誇大タイトル本が量産され、つかの間書店の棚に並んでは、誰の記憶に残るともなく消えていく。

 前置きが長くなってしまったが、かくして新書というものはなんだか薄っぺらい使い捨てメディアに成り下がってしまったんじゃないかとエラソーに悲観していたところ、この『新書七十五番勝負』(著:渡邊十絲子/本の雑誌社)に出会った。著者は詩人であり「新書傾倒歴すでに四半世紀」の渡邊十絲子氏。本書の特徴は、多くの人が新書に求めるであろう「実用性」をばっさり切り捨てている点にある。

〈新書を読む楽しみは活字を追う楽しみである。読みおわったとき、著者が懇切丁寧に説いてくれたその分野の揺るぎない成果、きらめく新知識のほとんど全部が頭からきれいさっぱり消えていてもぜんぜんかまわないのである。ある道を信念と希望をもって歩んでいるプロが、自分にとって切実なこと、面白くてしかたないことについて書くその文章が、文章自体として魅力的でないわけがない〉

 思うに、本書の裏テーマは「魅力的な文章とはなにか」であり、取り扱うネタは多様化する新書ラインナップを反映し、昆虫、漢字、路面電車、日本神話、水、自然科学などなど多岐にわたる。著者はそれらひとつひとつを自らの生活実感や知識、あるいは不満や怒りに結びつけながら、その本の美味しいところをつまみ食いする感じで、エッセイのようなノリでさくさく筆を進めていく。よって本一冊を律儀に要約してくれる類いの書評とは趣きが異なるが、著者の筆致は玉石混淆する新書シーンにおける宝探しの成果報告のようでもあり、なにより、そうやって読書を心から楽しんでる人を見るのは単純に気持ちがいいし、うらやましい。

 先の引用と重ね合わせれば、新書というメディアに「信念と希望をもって」対峙している著者が、そこで見つけた「面白くてしかたないこと」を文章にしているのだから、それが「魅力的でないわけがない」。なるほど。そして、やっぱり新書は面白い。
(文=須藤輝)


渡邊十絲子(わたなべ・としこ)
1964年、東京生まれ。早稲田大学文学部文芸専修卒。卒業制作の詩集で小野梓記念芸術賞を受賞。学習塾、予備校、通信添削、教材制作の現場などを漂流、働きながら詩を書く。詩集に『Fの残響』『千年の祈り』(以上、河出書房新社)『真夏、まぼろしの日没』(書肆山田)。



【関連記事】 "永遠の子分肌"ダチョウ上島が伝授する 人頼み世渡り術『人生他力本願』
【関連記事】 真面目だからなお滑稽 重〜い名作を笑って読む『生きる技術は名作に学べ』
【関連記事】 「鬱憤こそがアイディアに」元フジ名プロデューサーが語る『怒る企画術』