「クソ外人」「お役所仕事」など、他の騎手やJRAの裁決委員らを批判した村田一誠騎手のブログが、ちょっとした騒動となっている。

 これまでにも、レースでの審議のあり方や不可解な裁決方法に対し、現役では藤田騎手や蛯名騎手など、異を唱える人もいなくはなかったが、ここまで過激な口調で意見を述べたことはなかっただろう。

 内容に対し、賛成のコメントも多く見受けられたが、その言葉使いや差別的とも思える発言(後のエントリーで、村田騎手はそのことについて謝罪している)のせいか、批判的な声が大勢を占めるようになり、

「騎手としてその程度のレベルの人間に言う資格はない」

「11日の落馬事故の発端となった三浦騎手に関する発言がないのはおかしい」

などと、少しずつ論点がズレはじめ、結局は“酷い内容だ”という結論に辿り着いたようだ。多分に洩れず、ネット社会で起こる批判的な少数派の意見が、正論へと刷り込む作業が、そうさせたのだと思う。

 果たして、本当に村田騎手は名指しで怠慢騎乗を糾弾し、お上の体制を批判したかっただけなのだろうか。彼は「謝罪と言い訳」という意味を込め、後に胸の内を語っているが、応援してくれる競馬ファンに対し、申し訳ない気持ちがいっぱいで、自分なりの表現で自らの心境を伝えたかったのだと思う。

 競馬はスポーツであると同時に、何億ものお金が飛び交うギャンブルである。ほんの些細なミスでも勝敗が左右されるだけに、騎手には高い技術が求められる。その裏付けがあるからこそ、競馬ファンは身銭を切って勝負することができるのだ。

 プロフェッショナルの仕事をした上での結果ならば納得もいくだろう。しかし、技術不足や怠慢な騎乗による落馬、あるいは降着や失格などの事態を招くとすれば、一番の被害者はお金を賭けるファン。「それも含めて競馬だから」という括りで片付けるわけにはいかない。それほど、競馬を見るファンの目は甘くないのだから。

 勝手な意見かもしれないが、村田騎手はそんなところまで思いを巡らしているのでは、と思えてくる。走行妨害や制裁について、より明確なルール作りや改善が行われなければ、ファンは辟易し、競馬から離れてしまうのではないかと。

 今週も、来週も、競馬は続いていく。そして、鍛え上げられた馬の走りに、見るものを魅了するプロの技術に、一喜一憂する。全ての競走馬と騎手がそれぞれ最高のパフォーマンスができるように。

「最近九頭の落馬事故があったのみんな忘れてるんじゃないの?」

 村田騎手の締めくくりの言葉が、すべてを集約しているのだが。