NAOKI(LOVE PSYCHEDELICO)
 2000年4月に発売したシングル「LADY MADONNA〜憂鬱なるスパイダー〜」でのデビューから、今年で10周年を迎えるLOVE PSYCHEDELICO。デビュー当時からJ-POPの枠に収まらないスケールの大きさを感じさせ、一昨年はLAに3ヶ月滞在して日常的に現地の音楽に触れてきた彼らに、外から見た日本について、文化や芸術に対する考えを聞いた。

インタビュー:LOVE PSYCHEDELICO「自分達のルーツに帰ろう」(2010年01月07日)

――「ABBOT KINNEY」の制作に際し、一昨年には3ヶ月間LAに滞在して現地の音楽に触れてきた際に、海外から見た日本の音楽シーンや、日本という国の文化について何か感じることはありますか?

NAOKI:いい所、悪い所はやっぱりあるよね。

KUMI:自分にとっては外に行けば行くほど、自分の居場所だなと思うし。東京に居たら息苦しかったりもするけど、やっぱり東京の面白さは…面白さなのかな?

NAOKI:LOVE PSYCHEDELICOって、東京発信だから面白い部分があるなというのは最近分かった感じがする。

KUMI:外に行くと、自分の居場所だなというのはすごく強く感じるね。日本は好きだよ。外に行けば行くほど、いい所の方が見えるかな。良くないわけじゃないけど、もっとゆとりがあるといいなとは思うけどね。ロスの西海岸なんかに行っちゃうとね、本当にもうゆとりだらけだから(笑)。

NAOKI:同じことだと思うけど、もうちょっと文化を大切にした方がいいなとは思う。芸術に対するリスペクトが足りない人もいるじゃない?

KUMI:日本って、せわしなくて余裕が無いから、情緒的なものだったり芸術とか文化を味わう暇が無いというか。

NAOKI:例えばMP3一つをとったって、ヨーロッパでは「CDをなかなか買えない地域の人まで音楽が聴けるなんて素晴らしいね」というような受け入れ方をされたりして、ずいぶん違うよね。

――僕らが把握しているだけでも、日本では毎週500から1000タイトルのインディーズを含めた国内盤CDが発売されるんですけど、いちアーティストだと大体1年に1枚のアルバムと、シングルは多い方だと5〜6枚出される方もいて…。

KUMI:そんなに出すんだ!?すごいねー(笑)。

――リリースや情報が途絶えることによって、リスナーに自分達の存在を忘れ去られてしまうことに対する危機感があるのかもしれませんが、結果的に大量消費されていくことで、一つの作品に込められた想いが薄められていくようで、これで本当にいい作品が出来るのか疑問に感じたりします。

NAOKI:出来ないと思う。出来るわけがないじゃん(笑)。

KUMI:短期的にはあり得るかもしれないけどね。一生いいもの作り続けると言ったら、相当の超人だね。

NAOKI:また難しい所なんだけど、“いいものっぽいもの”は出来るかも?というね(笑)。今、コンピュータでプラグインとかソフトがいっぱいあるからね。本当はちゃんとマイクで拾ってやらなきゃいけないものを、プラグインでそれっぽく聴かせるとかやっていくと、なんとなくの人の耳は騙せちゃうみたいなさ、あるじゃない?でも、こうやって人にものを発信する芸術家が、本当はそんなことをやっちゃいけないと思うんだよね。ルネッサンスの時代にしても、建築物だってそうじゃん?芸術でみんなの心が豊かになって、その心が豊かになった人達がまた子を育てて。そうやって芸術が人間の生活と豊かに絡み合って、人間って進歩・進化してきていると思うんだよね。だから、芸術家が「時間が無いから、このプラグインで、ソフトでいいか」とか、「オルガンを入れたいんだけど、面倒臭いからパソコンの中の音源でオルガンを鳴らせばいいか」とかやっていったら…。芸術家という発想が無いんだと思うんだよね。