10代の性と自殺に関する新聞記事を読みながら、私が感じたのは、最近の日本の教育は、「生きる力」を教育のお題目としながらも、「生きる」ということの具体的な意味や技術をほとんど問題にしていないことへの憤りであった。

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 1996年に中央教育審議会が、21世紀の教育の方向性として「生きる力」を答申して以来、「生きる力」というキーワードは、教育界にあって大きな課題となっている。

 従来の教科学力重視への反省から、新しい教育目標として提唱された「生きる力」だが、10年以上経過した今も、この言葉がもつ意味はどこか曖昧模糊としていているのが現状だ。

 たとえば、文部科学省のホームページには、「生きる力」とは、「変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちに身に付けさせたい[確かな学力]、[豊かな人間性]、「健康と体力」の3つの要素からなる力」とある。しかし、具体的に何を意味するかは俄かには判然としない。



 この11月、「生きる力」について考えさせられる2本の新聞記事に出会った。

 一つは、読売新聞(11月12日付)のもので、【医師が中学授業で性教育】という記事。この記事によれば2006年度に10代の人工妊娠中絶実施率が全国で最も高かった佐賀県で、医師が地域の中学校の授業で性教育を担当する取り組みを始めたという。

 そして、もう一つは、朝日新聞(11月17日付)の「子どもの自殺、08年は過去最多に 自殺白書」という記事。これによれば学生・生徒(小学生を含む)の自殺者数は前年よりも99人増え、統計をとり始めた78年以降最多で972人。

まず最初の記事、【医師が中学授業で性教育】という試みだが、私は非常に良い試みのように思う。出来れば、医師と教師の協同作業として生=性教育が、全国の学校でも行われることを心から願っている。


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