「何を、どう生きたか」という良質のサンプルを多く見た人ほど、自分が「何を、どう生きるか」という発想が豊富に湧き、強い意志を持てる。

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過日、京都の大学で正規科目である「キャリアデザイン」の講義をさせていただいた。
大学生に対し「就活テクニック」を伝授するセミナーは花盛りであるが、
大学生最大の問題である―――「そもそも自分のやりたいことがわからない」
といったことに深く向き合い自問するセミナーや講義は少ない。
(ときどき「自己診断テスト」とか「適性能力発見テスト」といった
自己分析ツールによって職業選択を考えさせるプログラムがあるけれども、
これによって自分のやりたいことがつかめるわけではない。
生涯を賭してやりたいことというのは、分析ではなく「想い」から生じるものだから)

そんな折に、その大学から、
「就活テクではなく、キャリアをきっちり考える講義をやりたいので」
ということで依頼があり、話をお受けすることにした。

学生と対面してみて、
「自分のやりたいことがわからない」「自分のなりたいものがわからない」――――
この漠とした根っこの問いは、
時代を経るごとにますます彼らを大きく悩ましているとの感じを改めて受けた。
もちろん、これは学生に限ったことではなく、
社会に出て何らかの職業を持った人間にも、生涯付きまとう問題である。
20代、30代の多くのビジネスパーソンたちは、依然その答えを探しあぐねているし、
40代以降はさすがに生活の守りに入ってしまい多少意識は薄れてしまうが、
それでもリタイヤを迫られるころから、
「セカンドライフ」や「ライフワーク」といったものに再び意識が高まりだす。

さて、どうしたら自分のやりたいこと、なりたいものがつかめるか?
こうした問いに対し、私が伝えていることはただひとつ―――

「第一級の人間の立志伝・人物伝を読みなさい」。


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