マジコンの歴史を振り返る 〜スーパーファミコン編〜

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マジコンの代名詞となっている『R4』はニンテンドーDSのゲームソフトをコピーして遊ぶことができる、極めて違法性の高いゲーム周辺機器です。しかし、マジコンという言葉がはじめて世に出たのはスーパーファミコン時代(1990年11月21日発売)で、今から15年以上前のことです。当時はインターネットなんてものは(一般的に)ありませんでしたから、『R4』のように爆発的に普及しなかったのですが、もし当時インターネットがあったらと思うと、ちょっとゾッとします。

スーパーファミコンのソフトは最低でも8,000円ほどしたため、子どもじゃなくても月に何本も気軽に買える金額じゃなかったわけで、「タダでゲームが手に入る夢のようなマシンがあるなら数万円払ってでも欲しい!」という人がたくさんいたわけです。インターネットのような便利な情報ツールがなかったおかけで、マジコンの存在がそれほど世に広まらなかったため、マジコンをスーパーファミコンで使う人はほんの一部の人たちでした。当時、マジコンの広告や情報を載せていた雑誌は、『ゲームラボ』や『ゲームウララ』くらいでしょう。

もうひとつ、インターネットがなかったことでゲーム業界が助かった部分があります。ゲームデータをインターネット経由で手に入れることができませんので、マジコンでコピーするにしても実物のロムを一度手にする必要があったのです。店から買うか、友だちから借りるか、どちらかの方法で入手する必要があったのです。

事情通の話によるとコピー方法は簡単で、スーパーファミコンにマジコンを挿し、今度はマジコンにゲームソフトを挿し、スーパーファミコンの電源をオンにします。するとテレビ画面にコピーするためのメニューが表示されるので、あとは手順どおり、あらかじめ挿入しておいた3.5インチのフロッピーディスクにゲームソフトをコピーするのだそうです。3.5インチのフロッピーディスク1枚では容量が足りないため、5枚や6枚など複数の枚数にゲームをコピーしたらしいですよ。ゲームをプレイするときも、一度すべてのフロッピーを読み込みさせる必要があったらしいです。悪い行為とはいえ、なんともご苦労なことです。

スーパーファミコン当時のマジコンとしては、『スーパーUFO』や『サイクロン』が有名で、価格は2〜4万円だったらしいです。しかし、ゲームソフトを数本買えばすぐに何万円にもなってしまう時代ですから、それでも安い買い物だったとのこと。ゲームを買ったその日にコピーして中古ショップに売り、高額で買い取ってもらうなどの工夫をしていた人が多かったそうです。10,000円で買ってコピーして8,000円で売れれば2,000円でゲームソフトを購入したことになり、かなりお得ということになります。とはいえ、そんな行為は犯罪です。

『スーパーUFO』や『サイクロン』が有名という話をしましたが、どうやら『サイクロン』は高額なわりに性能が良くなく、コピーしても動かないゲームがあって不人気だったらしいですよ。ちなみに、これは極めて信憑性が高い情報なのであえて伏字にしますが、〇〇にはじめて〇〇〇〇を〇〇〇〇で〇〇したのは、なんとインターネット〇〇〇〇〇〇〇大手の〇〇〇〇〇に〇〇していた、あの〇〇な〇〇さんだといいます(事実です)。いつの時代も話題の絶えない人なんですね。

イラスト: 松田望

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