今でこそ、海外ツアー戦などに参戦するプロスポーツ選手は珍しくない。だが40年近く前の1970年代後半から80年代にかけて活躍したテニス選手の佐藤直子は、日本人女性選手として初めて一人で世界プロツアーに参戦した。そして日本プロテニス協会の女性会員第1号でもあった。



 佐藤は幼いころからテニスを始め、12歳の時に全日本選手権の15歳以下部門で初優勝した。その後、16歳の時から1人で海外遠征を始めると同時に、国内では高校を卒業するまでに100を超す優勝を手にした。

 そして、73年からは米国・ヒューストン大学に留学した。大学在学中の76年から80年まで国別対抗戦フェドカップの日本代表にも選ばれた。

 佐藤が海外遠征で活躍し始めたのは大学を卒業する77年ころからであった。この年の1月に開催された全豪オープンの女子シングルスでベスト8に入った。



 翌78年12月開催の全豪はオーストラリア選手と組んでダブルスに出場。決勝まで勝ち進んだが、米国・チェコスロバキア組に敗れ準優勝だった。

 佐藤が挑戦した全豪を除く4大大会の自己最高成績は、76年のウィンブルドンと81年の全仏オープンがともに2回戦進出、81年の全米オープンは1回戦で敗退した。

 その一方、国内での成績は全日本選手権のダブルスで76年、84年、86年、88年と4度優勝した。全日本室内選手権では4勝を挙げ、ジャパンオープンのダブルスは76年と78年の2回優勝した。そして91年3月の「東レパンパシフィック」の予選1回戦で敗れ、現役を引退した。自己最高世界ランキングはシングルが214位、ダブルスが120位だった。引退後はタレントやコメンテーターとして活動していた。だが、政界進出を考えていた佐藤は、96年の衆院選と98年の参院選に出馬したがともに落選した。

 現在は、子どもたちにテニスを広める活動とともに後進の指導にも当たっている。日本プロテニス協会の理事も務める。

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