エレベーター安全神話崩壊 精密機械の落とし穴
2009年11月08日16時12分 / 提供:産経新聞
かごと床に頭を挟まれる。あるべきかごがなく転落…。エレベーターを巡る事故が後を絶たない。10月には東京都北区の老人ホームで、荷物用エレベーターのかごがなかったため、配ぜん台を載せようとした女性が転落する事故も起きた。厚生労働省によると、エレベーターによる事故の死亡者は3年間で37人。1カ月に1人のペースで命を落としている計算だ。高層化が進む都会ではエレベーターはなくてはならない存在だが、“安全神話”の意識は捨てた方がよいともいえる。あなたが使うエレベーターは大丈夫?
■轟音とともに女性が“消えた”
10月20日正午過ぎ、北区の特別養護老人ホーム「浮間さくら荘」で事故は起きた。昼食を終えた入居者らが語り合い、施設内はのどかな雰囲気に包まれるはずだった。だが…。
「ドーン」
施設内に響いた轟音(ごうおん)とともに、いつもの光景は一変した。
昼食の後かたづけをしていたボランティアの女性(69)が1階の荷物用エレベーターの扉を開け、配ぜん台を載せようとしたときだった。扉の先にかごがなく、配ぜん台とともに地下1階まで約4メートル転落した。女性は肩の骨を折る重傷を負った。衝撃音を聞いた職員らは、女性を探し、救出に奔走。施設内は騒然となった。
警視庁赤羽署や浮間さくら荘によると、女性はエレベーターで、配ぜん台を調理場のある地下1階に下ろす作業中だった。落ちそうになった配ぜん台を押さえようとして、一緒に引きずられるようにして転落したとみられている。
「配ぜん台が先に落下し、その上に体がたたきつけられた。被害者は高齢でもあり、打ち所が悪ければ命が危ない事故だった」(捜査関係者)
扉は手動式。かごが階に到着しなければ開かない仕組みだった。ボタンを押してかごを呼び、ボタンの点灯が到着の合図となっている。だが、女性は「ボタンが点灯したが、かごがなかった」と説明。かごは2階と3階の間で停止していたのだ。
エレベーターはシンドラーエレベータ社(江東区)の前身の日本エレベーター工業製で平成元年に設置されたものだった。保守・点検はシンドラー社が担当しており、9月29日にも点検が実施されたが異常が確認されなかった。
「ボタンが点灯すればかごはあるものだと思いこんでしまう」
エレベーターの扉が開いてかごがあるかを確認してから乗る人はいるだろうか。性能を信頼していた施設関係者は、想定外の事故に首をかしげる。ただ別の関係者は「これまで停止位置が2、3センチぐらいずれ、点検してもらったことがある」と話す。事故原因は調査中だが、こうした小さな異変が予兆だった可能性もある。
■3年で37人が死亡 野放しの危険エレベーター
同様の事故は今年2月にも起きていた。新宿区信濃町の葬祭会社「帝都典礼」の本社ビル1階でエレベーターのかごがない状態で扉が開き、出前で乗り込もうとしたそば店主の男性(74)が約5メートル下に転落し、死亡した。
扉は手動式でかごが到着しないと開かない仕組みだったが、事故当時、かごは5階で止まっていた。扉のロック装置が摩耗し、扉が開いたとみられている。
エレベーター事故は後を絶たない。
特に人が乗らないことを前提に作られている荷物用エレベーターで事故が多発しているようだ。厚労省によると、平成18年から20年までの3年間で、荷物用エレベーターの労災事故による死者は37人で、けが人は毎年200人以上に上る。
実に、1カ月に1人のペースで命を落としている計算になる。
最近では2月25日、兵庫県姫路市の食品製造会社の荷物用エレベーターで、パートの女性(57)がかごと側壁の間に挟まれて死亡。兵庫県警の調べでは、女性が2階から乗ろうとしたがかごがなく、1階と2階の間で止まっていたかごの上に転落し、側壁との間に挟まったとみられる。
同社は荷物用のエレベーターに乗らないよう従業員に指導していたが、それでも実際は荷物を運搬する際、従業員がわずかの間に、かごに乗ることがあったという。
5月12日には静岡県沼津市のタオル製造会社で経営者の男性(53)が首を荷物用エレベーターの天井とフロアの床に挟まれて死亡した。建築基準法ではかごの床面積1平方メートル超、高さ1.2メートルを超すエレベーターについて国土交通省への建築確認申請を義務づけている。
だが、国交省によると、事故を起こした荷物用エレベーターのほとんどが国交省に建築確認を申請していなかったのだ。
「人が乗らないという理由から、製造業者や所有者のいずれもが安全に対する認識が甘くなっている」
業界関係者は申請すらされていない事情を説明する。さらに「建築確認申請をしていないエレベーターは、自主点検すらやっていない可能性もある」とも指摘し、危険な荷物用エレベーターが野放しになっている実態がうかがえる。
■「安全神話崩壊」国も対策強化
エレベーター事故がクローズアップされたのは、18年に東京都港区のマンションで、都立高2年の市川大輔さん=当時(16)=がエレベーターに挟まれて死亡した事故だった。この事故を受けて、国も対策強化に乗り出した。
今年9月には遅ればせながら改正建築基準法施行令が施行され、扉が開いたままエレベーターが動いた場合に自動的に運転を止める補助ブレーキの取り付けが義務付けられた。
欧米や中国、韓国ではすでに義務化されており、消費者団体は「安全のために必要な取り組み」と評価するものの、誰かが犠牲にならなければ変わらない姿勢に変わりはない。
またエレベーター事故の原因調査の枠組みも変わる可能性が出てきた。これまでは権限が弱い国交省の昇降機等事故対策委員会が調査していたが、前原誠司国交相は、航空や鉄道などの事故を担当する運輸安全委員会にエレベーター事故も調査させる意向を示している。
さらに荷物用エレベーターで建築確認の無申請が横行しているとみて、国交省は厚労省などと連携して実態調査に乗り出す方針を打ち出した。
誰もが安全だと思って乗るエレベーター。事故の芽を未然につみ取り、不具合が起きた際に原因を詳しく解き明かし、安全対策につなげる枠組み作りが求められている。
野放し状態だった危険なエレベーター。あるエレベーター保守点検会社の幹部ですら、危険性をこう指摘しているのだ。「対策が後手に回った感はあるが、国のチェックが厳しくなるのは当然の流れ。安全神話は、もはや崩壊しているのだから」
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