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Winny事件二審判決

だいぶ遅くなったがWinny事件二審判決について。すでに報道されている通り、一審の有罪判決を覆して無罪、検察はそれを不服として上告する方向になったと、そういうことであった。問題は一審と二審のあいだで何が代わったかと言うことだと思うのだが、報道から見る限り実はあまり変わってないなというのが私の印象である。

もともとこの事件の論点は、法律的に見る限り概括的故意による幇助犯の成立を認めるかどうかということであった。つまり、「いつか・誰かが犯罪に利用するだろう」という予期と・「それでも構わない」という認容があることを刑事責任の基礎にしてよいかという問題である。というのは、幇助の対象である他人の著作物のアップロード行為が違法であることには疑いの余地がなく、それがそもそもよろしくないという(ヨーロッパにおける海賊党のような)主張は、本件で有罪判決を出すことがソフトウェア開発を萎縮させるかどうかといったような政策的衡量の問題と並んで立法府に持ち出されるべきものであり、刑事裁判という法の適用の局面に持ってこられても困るからだ。

さて、その上でこの「概括的故意」という概念について言えば、少なくとも直観的には、無制限に認めるわけにもいかなければ完全に排除するわけにもいかないというところがある。つまりたとえば包丁について、それを製造販売することが(少なくとも包丁の存在しない世界に比べれば)殺人行為を容易にすることは客観的に明らかであろう。まともな感覚の持ち主であれば包丁を製造販売することによって「いつか・誰かが犯罪に利用するだろう」とは予想するだろうし、かといって包丁なしで料理することも人々の幸福を大きく損ねるであろうから「それでもやむを得ない」という程度には結果を認容するだろう。でまあ案の定包丁で人を殺したり脅したりする人間が出るわけであるが、だからといって確かに客観的にはその当人の犯行を用意ならしめたところの包丁の製造販売者を幇助犯に問うというのは、なにやらマズい気配がするわけである。

他方、では「概括的故意」を完全に認めなければどうなるかというと、まあ基本的には犯罪行為以外に用途が思いつかないところの小型拳銃を「いつか誰かが使うだろう」という期待を込めつつ貧民街の公園の公衆トイレに「置き忘れて」みるというような行為が処罰できないことになり、これもなにやらテロリストに極めて便利そうでヤバい香りの漂う社会像である。あるいは、「このボタンを押すと先端からポロニウム内蔵の針が飛び出して刺さった人がしおしおのぷーなので決してやってはいけません」とわざわざ丁寧に警告をくくりつけた旧KG**Deleted for Security Reasons**謹製の傘を都内各所に置き忘れてみるとかはどうだろうか。このような場合、たとえ現実の行為者や行為態様・行為時期に関する認識がないとしても、幇助に対する故意を認めないといかんのではないかと、そういう気がするわけである。

そうなると結局問題は、両者のあいだにどのような境界線を引くかということになろう。そしてこのような意味での法的論点については、実のところ一審・二審判決のあいだにそう違いはないのではないかと、そういうことがいいたかったのであった。

つまり二審判決のロジックは、製品自体が価値中立的なものであり、従ってそれを利用者が違法な用途に使用することが製品自体からは明確に予測できない場合には、製造者において違法な用途に用いることを勧奨したり煽ったりしたというような事情がない場合には概括的故意の成立を認めるべきでないというものである。逆に言えば、製品自体から違法に用いられることが強く推測できる場合にはどうなのか(たとえば流通したものがピストルであったら?)という点を、明確に判断しているわけではない。

一方一審判決は、Winnyが違法な用途に用いられることを開発者自身が強く認識し、さらには期待してさえいたという判断に立ったものである。既存の著作権法秩序(それは国会を通じて民主的に制定されたという点において、一応の(prima facie)正当性を有するものであるが)を破壊するために作られた道具であるならばそれは価値中立的とは言えないことになる。二審とは逆にこちらは、価値中立的な製品の製造に関する責任問題を明確に判断したわけではない。

つまり両判決は、(1) 製品自体が価値中立的な場合、概括的故意を認定するためには「勧奨・煽り」などの追加的な行為が必要であるが、(2) 製品自体から違法な用途に用いられることが強く推測される場合にはそれ自体で概括的故意を認めるに足り、ことさら「勧奨・煽り」などの具体的行為を必要としない、とまとめることもできそうだ、という気がするわけである。この場合、一審と二審の判断が分かれた理由は主に、Winnyという製品が価値中立的なのかどうかという事実認定の問題に還元されることになるわけだ。

さて、仮に上記のような分析が成り立つとしての話だが、その上で私の印象をいえば二審の事実認定には大きな疑問があると言わざるを得ない。Winnyが語法的にも違法的にも使い得るというところまではその通りだが、ではその合法的な使用なるものが現実的にどの程度存在するというのか。そもそも合法的に使用することを中心的に想定していたとするなら、Winnyの持つ匿名化・暗号化のための性質は必要であったのか。さらに開発・流通過程においてその主体を隠蔽し、責任追求を困難にする必要があったのか。これらの要素を考えれば、「47氏」の発言などに依拠するまでもなく、本人がどれだけ言いつくろおうともそれが違法な行為を勧奨し・煽るために作られたものだと言った方が素直な事実認定ではないかと、そういう気がするわけである。

まあいずれにせよこの事件自体は最高裁でもう一度判断されることになるだろうからその結果を待てばよいとして、もう一つ思うのは、「金子氏」が問題を価値中立的なソフトウェア開発によって生じる責任をめぐるものと位置付けることによって、結局「47氏」が(日本版)海賊党の党首になる道は閉ざされたのだなと、そういうことである。ネットの「47氏」としては既存の秩序の破壊を声高に主張しながら「金子氏」になるとその姿を自ら否定してみせるというあたり、なにやら現在の日本に似合いの事件だったのかなと、そう思わなくもない。

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おおやにき

大屋雄裕

名古屋大学大学院法学研究科准教授。専攻は法哲学。
公式サイト:Takehiro OHYA Online: TOP

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