映画批評『母なる証明』
2009年11月04日11時24分 / 提供:映画ジャッジ!映画批評
◆ヒッチコックやデ・パルマを思わせるサスペンス描写、二転三転するストーリー、俳優たちのリアルな演技が見事なポン・ジュノ監督の傑作。殺人事件を通して、韓国社会の闇が浮かび上がってくる(92点)
冒頭、野原のような場所で、「母」役のキム・ヘジャが音楽に合わせ踊り始める。ここで少し嫌な気持ちになってしまった。芸術ぶった奇妙な描写が続く空疎な作品なのでは、という予感がしたのだ。ところが予感はいい方に裏切られる。空疎どころか、消化しきれないほどに内容がぎっしりと詰まっていた。
薬局に勤める「母」(キム・ヘジャ)の一人息子トジュン(ウォンビン)は知的障害者で、不良の友人と付き合い、問題ばかり起こしている。ある日、トジュンは酔って女子高生に声を掛ける。翌日、その女子高生の死体がビルの屋上で発見され、トジュンは殺人容疑で逮捕される。母は息子の無実を信じて事件を調べ出す。
家の中で、包丁で薬草を切る「母」。だが、表情は空ろだ。表には息子がいるのが見える。「母」は明らかにそちらに気をとられながら、包丁を動かしている。突然、息子が車にぶつかって、驚いた「母」が家から飛び出す。
映画が始まってすぐのこの場面だけでも、物凄く興奮させられる。まず、「母」が包丁で手を切るのではないかと、見ていてハラハラするサスペンス。そして、車がぶつかるショック。飛び出す「母」を手持ちカメラが追うドキュメンタリー映像さながらのリアルさ。サスペンスの演出はヒッチコックを思わせ、映像の魔力はデ・パルマを思わせる。
ポン・ジュノ監督は「殺人の追憶」(2003)や「グエムル?漢江の怪物?」(2006)でも、「韓国のスピルバーグ」と呼ばれるほどサスペンスの演出が巧かったのだが、そのテクニックはさらに洗練されている。最初に包丁で手を切る場面を見せておいて、後で何度も同じシチュエーションを繰り返し、ドキドキさせる仕掛け。「母」が真犯人ではないかと疑う相手の家に行く際、台所でガサガサやっていると、当然、刃物を用意しているのではと思うのだが、そう思わせて、実は全然、別のものだったりする。心憎いほど観客の心理を読むのに長けている。
「母」が忍び込んだ家で、眠っている男の横をこっそりと通り過ぎる。だがペットボトルを倒してしまい、中から水が広がって、男の手に触れそうになる。この描写などは、デ・パルマの「ミッション:インポッシブル」(1996)で、ケーブルに吊るされたトム・クルーズが天井からCIA本部に侵入する有名な場面を思い出した。あの手の込んだシーンと同じようなスリルを、ちょっとした演出でやってしまうのだ。
俳優たちは俳優であることを感じさせない。「母」のキム・ヘジャ、知的障害者のウォンビン、高校生たち。皆、本物の顔をしているのが凄い。もちろん演技も真に迫っているのだが、本物らしく見えるのはドキュメンタリータッチの見せ方のせいもあるだろう。
二転三転する先の読めないストーリーも見事だ。犯人探しの興味で引っ張られるうち、次第に韓国社会の闇の部分が見えてくる。タイトルだけ見ると母の愛や正義を描いた映画のように思われるかも知れないが、そんなすっきりする作品ではない。描かれるのは母の狂気であり、母の闇だ。それは、韓国社会全体を覆う闇なのかも知れない。
様々な人物が足をぬぐう場面が何度も繰り返される。血をぬぐったり、泥をぬぐったり、小便をぬぐったり。それはぬぐってもぬぐっても足にまとわりついてくるディオニソス的な力を象徴しているのだろう。それは「血」の中に潜む狂気であり、韓国社会の発展を阻む家族主義なのかも知れない。
ラスト、バスの中で踊る人々を逆光でとらえた場面は、トビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」(1974)のラストを連想させる。「悪魔のいけにえ」もある意味、米国ディープ・サウスの家族の話だった。
どっしりと見応えのある作品だが、「殺人の追憶」と同様、決して後味は良くない。最後に残るのは感動ではなく、ある種の絶望だ。この後味も、「悪魔のいけにえ」と似ているかも知れない。
(小梶勝男氏)
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