元駐レバノン特命全権大使、作家。
日米関係の悪化を鳩山首相の命取りにしてはいけない
2009年10月31日14時56分 / 提供:天木直人のブログ
鳩山首相の言う事が毎日のように変わり、鳩山首相の言う事と岡田外相の言う事がことごとく
異なるのでは、私としても書きようがなくなってしまう。
鳩山首相が思いやり予算を見直すと言えば、岡田外相が翌日にはそれを否定する発言をする。
その鳩山首相も、日米同盟を包括的に再検討すると言ったと思えば、翌日にはトーンダウンする
(10月31日産経)。
これは鳩山政権下で日米同盟に対する確たる方針がない証拠である。
それでも私は鳩山首相の「最後は私が結論を出す、それに従っていただく」という発言を信じる。
そして、そういう鳩山首相には、歴史に禍根を残さない正しい判断をしてもらいたいと願う。
そのために、私は鳩山首相に出来る限りの助言を発信していきたい。
もちろんそれに耳を傾けるかどうかは鳩山首相の自由だ。それでも私は言い続ける。
たとえば大騒ぎになっている普天間基地移設問題である。
百の議論よりも、事実を積み重ねて結論をだすべきだ。
そして事実を検証すれば普天間基地を沖縄に残す事の不当さがわかるはずだ。
それを国民に示し、国民の納得の下に、米国にぶつけてみたらどうか。
それこそが政権交代にともなう方針の転換である。
この点について、10月17日の毎日新聞は、佐藤学沖縄国際大学教授の貴重な証言を掲載していた。その中で佐藤教授は、次のような経緯を指摘していた。
すなわち、95年の沖縄少女暴行事件から端を発した普天間の閉鎖・返還交渉に関った下河辺淳
元国土事務次官の証言を引用し、米軍が当時要求したのは海兵隊のヘリコプター発着帯だけであった、それがいつの間にか公共事業を望む日本側の思惑もあって、軍事的な重要度が低くても大規模な
新基地建設となった、と。
これは私にとって驚きの情報であった。本当にそんな事があったのかと疑義を持ちながらも、これは重要な指摘であり検証さるべきだと、当時の私のメルマガで書いた。
それから二週間ほどたった10月30日に、今度は東京新聞が「こちら特報部」でこの問題をさらに詳しく取り上げていた。
問題の下河辺証言は、2003年に早稲田大学大学院の江上能義教授(政治学)を相手に述べられた
ものだという。
琉球大学の「学術リポジトリ」の中の「下河辺淳氏オーラルヒストリー」と題された文献の中にあるという。
その中で下河辺氏は次のように述べているという。
普天間移転は少女暴行事件と関係なく、それよりもはるか前の60年代からから米国は普天間基地の近代化を考えていた。しかし米側が当初要求していたのは面積は四分の一。滑走路もヘリコプターの発着に必要な40メートルほどだった、というのだ。
それがいつの間にか地元側の要望で軍民共用飛行場建設となり、千メートル規模の滑走路を造るという事になった。しかも、さらにそれが離陸用と着陸用の二つのV字滑走路にすると発展していく。
この経緯を江上教授はこう解説する。
「要するに、自民党のバラマキ政治・・・土建業者優先で、生活再建を怠ってきたツケが今、出ている・・・利益誘導に伴う圧力で、名護市は一般の人々は物が言えない、意見が吸い上げられない構図になってしまっている・・・生活再建のために基地を建設するやり方には限界がある・・・基地のない生活再建と、県外施設の議論をすべきだ」
鳩山首相は、岡田外相と北澤防衛相に命じて、もう一度最初から普天間基地の移設問題の経緯を検証すべきだ。
鳩山首相が自ら政治的決断を下すのは、その検証を待ってからで遅くはない。
検証の結果、正しい結論はおのずと出てくる。
もちろん、鳩山首相が取り組まなければならない日米同盟の問題はこれだけではない。
異なるのでは、私としても書きようがなくなってしまう。
鳩山首相が思いやり予算を見直すと言えば、岡田外相が翌日にはそれを否定する発言をする。
その鳩山首相も、日米同盟を包括的に再検討すると言ったと思えば、翌日にはトーンダウンする
(10月31日産経)。
これは鳩山政権下で日米同盟に対する確たる方針がない証拠である。
それでも私は鳩山首相の「最後は私が結論を出す、それに従っていただく」という発言を信じる。
そして、そういう鳩山首相には、歴史に禍根を残さない正しい判断をしてもらいたいと願う。
そのために、私は鳩山首相に出来る限りの助言を発信していきたい。
もちろんそれに耳を傾けるかどうかは鳩山首相の自由だ。それでも私は言い続ける。
たとえば大騒ぎになっている普天間基地移設問題である。
百の議論よりも、事実を積み重ねて結論をだすべきだ。
そして事実を検証すれば普天間基地を沖縄に残す事の不当さがわかるはずだ。
それを国民に示し、国民の納得の下に、米国にぶつけてみたらどうか。
それこそが政権交代にともなう方針の転換である。
この点について、10月17日の毎日新聞は、佐藤学沖縄国際大学教授の貴重な証言を掲載していた。その中で佐藤教授は、次のような経緯を指摘していた。
すなわち、95年の沖縄少女暴行事件から端を発した普天間の閉鎖・返還交渉に関った下河辺淳
元国土事務次官の証言を引用し、米軍が当時要求したのは海兵隊のヘリコプター発着帯だけであった、それがいつの間にか公共事業を望む日本側の思惑もあって、軍事的な重要度が低くても大規模な
新基地建設となった、と。
これは私にとって驚きの情報であった。本当にそんな事があったのかと疑義を持ちながらも、これは重要な指摘であり検証さるべきだと、当時の私のメルマガで書いた。
それから二週間ほどたった10月30日に、今度は東京新聞が「こちら特報部」でこの問題をさらに詳しく取り上げていた。
問題の下河辺証言は、2003年に早稲田大学大学院の江上能義教授(政治学)を相手に述べられた
ものだという。
琉球大学の「学術リポジトリ」の中の「下河辺淳氏オーラルヒストリー」と題された文献の中にあるという。
その中で下河辺氏は次のように述べているという。
普天間移転は少女暴行事件と関係なく、それよりもはるか前の60年代からから米国は普天間基地の近代化を考えていた。しかし米側が当初要求していたのは面積は四分の一。滑走路もヘリコプターの発着に必要な40メートルほどだった、というのだ。
それがいつの間にか地元側の要望で軍民共用飛行場建設となり、千メートル規模の滑走路を造るという事になった。しかも、さらにそれが離陸用と着陸用の二つのV字滑走路にすると発展していく。
この経緯を江上教授はこう解説する。
「要するに、自民党のバラマキ政治・・・土建業者優先で、生活再建を怠ってきたツケが今、出ている・・・利益誘導に伴う圧力で、名護市は一般の人々は物が言えない、意見が吸い上げられない構図になってしまっている・・・生活再建のために基地を建設するやり方には限界がある・・・基地のない生活再建と、県外施設の議論をすべきだ」
鳩山首相は、岡田外相と北澤防衛相に命じて、もう一度最初から普天間基地の移設問題の経緯を検証すべきだ。
鳩山首相が自ら政治的決断を下すのは、その検証を待ってからで遅くはない。
検証の結果、正しい結論はおのずと出てくる。
もちろん、鳩山首相が取り組まなければならない日米同盟の問題はこれだけではない。
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