今は、そんなに流行りませんが、「ゼロベース思考」というものが一時期はやりました。かっこいいコンサルタントの使う思考技術として。最近、私の感覚だとあんまり聞かなくなりましたが・・・。今日は「ゼロベース思考」をちょっと浅めに考えて見ます。

 さて、今日はゼロベース思考についてです。

 文字通り、ゼロで考えるというか、まっさらな目でものを見ると言うか。

 科学哲学で言うと、西田幾多郎の言う「純粋経験」ですね・・・。

 まあ、本当に、本当にゼロベースで、まっさらに外部を、物事を、認識してしまえる人は、悟ってしまった人ぐらいでしょう。

 たいていは大事だと思っているものに引っ張られて物事を見ますよね。男女共に、「イケメン、モテコ」に目を奪われ、隣に「ゲス、おぶす」がいても、気が付かないことが多いでしょう。ごめんなさい・・・。まあ、でも、私も気が付かれないほうですので・・・。

 で、人それぞれ、大事なものは違います。その違いを価値観と言ったりするのですね。

 確かに、大事なものがなければ自由になれますよね。価値観がなければ自由に物事が見られる。

 すごく極端で卑近な例を出せば、嫁と子供がいない人は、いる人よりも意思決定の自由度は高いですね。ある意味、嫁と子供を大事にする人の意思決定の制約条件は、一人身でいることを大事にする人の制約条件と違うんですね。

 で、まあ、面倒なのは、大事なものという認識が、意外と無意識的なので、自分が何を大事にしているか?がよくわからんこともあることです。

 そういうのを探る時に、自分にいつもつぶやいている質問は何か?というところから探るというのもあります。

 そういう日々自分に問うている問いをセントラルクエスチョン、プライマリークエスチョンと言ったりしますけどね。


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