過去に行われたスポーツ界における伝説的名勝負、その舞台裏を伝えるテレビ朝日系列『神様に選ばれた試合 語り継がれる伝説の真実』(4日放送)では、1994年10月8日に行われたプロ野球セ・リーグ=中日vs巨人による同率優勝決定戦(10.8決戦)、そして、その年の日本シリーズ=巨人×西武で実現した最後のKK対決を伝えた。

同放送では、清原和博と桑田真澄が“最後のKK対決”について、それぞれの想いをカメラの前で告白。「初めて桑田真澄という名前を聞いた時は15歳で、どんなヤツが来るんだろうって。桑田真澄って勝手にイメージするじゃないですか。僕と同じくらいでかくて、いかつい顔して。探しまわったけど、すぐそこにいた」と、その第一印象を語った清原。運命のドラフトが二人の関係に亀裂を入れたことで、より注目度を上げることになった“KK対決”は「全国の皆さんが注目しているのは分かってましたし、日本シリーズでジャイアンツに勝たないと、本当に日本一になった意味がない」と振り返った。

その一方で、「乗せたら、どこまで打つか分からないバッターですから、ミーティングも彼のために随分時間を費やしましたしね」という桑田。94年の日本シリーズでは「ものの見事に打たれました」と笑顔を見せるも「結構頑固なんですよ。マウンド行くと。首振って、全球インコースに投げてるわけです」と明かす。

また、第五戦で行われた最後の対決は、八回で桑田に交代が告げられるも、「お願いしますと。最後まで投げさせて下さいっていったんですね。彼に対して、特別な想いがありますから」と、桑田本人が直訴して続投したからこそ実現したもの。事実、桑田は清原に対し、三球三振を狙ったが、渾身の一球はボールとなり、その直後に清原は二打席連続のホームランをバックスクリーンへと叩き込んだ。

当時を振り返って、「これは本当に僕の中でも、これ以上ないホームランだったと思いますよ。日本シリーズでバックスクリーンにホームラン二本なんて、そんな経験はない」と語りつつ、「桑田との対決には不思議な感覚がありましたね。いつも桑田の背中を見ながら守っていたわけですから。今振り返ってみると、僕もジャイアンツに入って桑田と一緒にできましたし、同じ学校で、同じ時期にやってなかったら、世間のファンの皆さんから注目を浴びてなかった。“清原・桑田”っていう区切りで応援してくれたんだなって、終わってみて感じました」と感慨深そうに話した。

そして、桑田もまた、「彼と出会えなかったら、僕はいなかったわけで、ピッチャーとして生きて行くには何が必要かってことを教えてくれたんですよね。言葉ではなくて彼のプレーが僕に語りかけてくれた」と、生涯の盟友に感謝の言葉を述べた。