「時代」を彩った男と女・あの人は今 バレーボール選手・大友(現山本)愛さん

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 05年の「ワールドグランプリ」でエースアタッカーとして活躍した大友(現・山本)愛は、一躍、全国区の人気を博したものだ。



 「本来はセンターのポジションに加えて、ライトとして試合に出る機会が多かったので、前衛・後衛のどちらからも攻撃に参加した。全日本ではバックブロックを打てる選手としての信頼もありました」

 その当時の柳本晶一監督の信頼も厚かった。しかし、強豪ブラジルを相手に勝利を決める場面で、大友はたびたびサーブミスをして“大金星”を逃す遠因となってしまった。

 大友は、柳本が監督を務める全日本の代表に初めて選ばれたが、そのミスの多さに加え、大山加奈選手や栗原恵選手などの次世代のエースの台頭で出場の機会を失っていた。

 「一度はバレーボールを辞めようと考えました。母と祖父が相次いで亡くなってしまい、すっかり気力を失ってしまったのです」

 しかし大友は04年にアテネ五輪の世界最終予選前に代表に復帰。日本代表の2大会ぶりの五輪出場に貢献し、アテネ五輪出場を果たした。

 「そこで、世界初の後衛の移動攻撃(バックブロード)を決めたことで自信が取り戻せました」



 だが、06年1月13日、ビーチバレーの山本辰生と結婚、妊娠2ヵ月であることを発表。3月31日にNECを退社、チームも退団した。そして育児に専念し、現役には復帰しないと宣言。

 だが、現実の世界が彼女にある決断をさせることになったしまった。夫・山本の収入では生活できなくなってしまったのである。08年4月に久光製薬スプリングスに入団、2年ぶりに現役復帰した。08、09年のシーズンは全試合でスタメン出場した。そして今シーズンはJTマーヴェラスに移籍してプレーする。これで少しは生活も楽になるであろう。



◎出来ちゃった婚で引退したが

 山本はこの11月28日より始まる女子バレーボールVリーグ「2009〜2010 プレミアリーグ」のJTマーヴェラスの一員として登録されている。

 今から4年前、日本代表として「ワールドグランプリ」でエースアタッカーとして活躍し「大友愛」の名前は全国区になった。この大会の時に彼女に冠せられた言葉は「勝利を呼ぶワンダーガール」。

 仙台育英高3年の時、世界ユース選手権での優勝とアジアユース選手権での準優勝を経験、ベストサーブ賞も受けた。01年、NECレッドロケッツに入団、全日本代表に選ばれた。そしてワールドグランプリで代表デビューした。そして03年にも全日本代表候補となるが、自ら代表を辞退。04年、再び全日本に復帰、アテネ五輪出場に貢献した。

 その後、ビーチバレーの山本辰生と「できちゃった」結婚をして話題となった。その結婚前には写真集やDVDを出したが、それと同時に大胆な全裸姿のプライベート写真が流出、それが週刊誌などで発表され、世間の関心を集めた。

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