「明日はホームだし、いろんなプレッシャーはあるけれど、相手がどうこうよりもスペインリーグの1試合。“俺はあの相手にやってやったぞ”というだけでは、その試合だけで終わる。それより大事なことがある。今年はそのためにここへ来たから」

 09-10スペインリーグ第2節エスパニョール対レアル・マドリー戦を前日に中村俊輔はそう語った。

 日本代表のオランダ遠征直後の試合ということもあり、多数取材に訪れた日本人報道陣に囲まれる中村。世界各国の選手が集う欧州でも1選手のために母国から数十人の記者が取材に訪れ、地元在住の通信員から毎日取材を受ける選手は珍しい。そんな中村を特別な目で見るチームメイトもいるのだろう。そのせいか、囲み取材中の中村は居心地が悪そうに見えた。「新しいクラブへ行って、監督、チームメイト、そしてサポーターに認めてもらうためことはそう簡単なことじゃない。ちょっとした仕草や態度、言葉がいろんな影響を生む」と移籍前に話していた中村の言葉を思い出す。

 そして、迎えた9月12日試合当日。新スタジアムには4万人近い大観衆が集まり、エスパニョールのメンバー紹介のときの歓声よりも、レアルのメンバー紹介時のブーイングのほうが大きいという独特な雰囲気の中でキックオフのときを迎える。先日急死したハルケ選手を偲び、黙祷が行なわれ、両チームの選手たちがピッチで肩を組んでいた。

 開始早々からプレスキックのチャンスが続き、見せ場を迎えた中村だったが、ネットは揺らせなかった。「前半は何度もいいチャンスを作っていたけれど、(日本)代表もそうだけど、決めるか決めないかは大きい」と中村が振り返るようにエスパニョールはレアルゴールへ向かい、第1節では見られなかった攻撃の形を何度も作った。

右アウトサイドでプレーした中村は、守備時でもタフなディフェンスを見せ、攻撃時には大きく広がった右サイドのスペースへと走り出す。「今日は右サイドが空いていたので、ラインギリギリのところで待っていたけれど、ボールが出てこなかった」と話すように、中村へ渡ればチャンスが広がっただろうにパスが出ないという場面も何度かあった。さすがにレアルのプレッシャーが激しいのか、あまり効果的でないパスで、チャンスをつぶすチームメイト。それでも中村は下を向くことも、苛立ちを見せることもなかった。

右サイドのスペースでプレーするだけでは自分の持ち味は生かせない。そう感じながらもチームのためにそこへ走るしかない。中村の中での葛藤は小さくはないはずだ。

オランダ戦で傷めた足の問題もあり、前半で交代。試合は0−3という結果で終わった。

 中村同様にレアル・マドリーへ移籍加入したばかりのカカやCロナウドも、前所属クラブと同じようには未だプレー出来ていないように思えた。スペインでのサッカーに、クラブに馴染むには多少の時間が必要なのだろう。しかし、カカは2アシスト、Cロナウドは1ゴールと結果を残している。それはカカやCロナウドの能力の高さだけでなく、レアルとエスパニョールというクラブの力の差がもたらした結果でもあるだろう。新加入選手のプレーを生かす能力がレアルの選手たちには備わっている。

「自分のキャラを変える必要はないけれど、チームとしてどうすればいいのか? 何をとるかだね。チームのプレー、自分のプレーをもっと良くしなくちゃいけない」

 試合後の中村は、試合前日以上の記者に囲まれ、表情はさらに堅く、疲労の色も濃い。プレー時間は45分間だけだったが、ピッチを離れてからも苦悩し、もがいていたせいなのだろう。そのうえ、ビッグクラブであるレアルを追っかける記者以上の数の日本人報道陣に囲まれる。この国では、まだ何もやってはいないというのに。10分余りの取材を終え、駐車場へ向かう中村は、とても小さく見えた。

 シーズン前のキャンプからチームに合流。過去のシーズン以上にフィジカルトレーニングも行い、準備万端で迎えた開幕だったが、2連敗とチームの流れは悪い。そのうえ、オランダ戦で痛めた足の具合は、一向に良くはならない。まだ始まったばかりとはいえ、中村の立たされた状況は決して楽観できるものではない。しかし、もがき苦しみながら、前進する。それは中村俊輔にとって、特別なことではない。新たな壁を知るために、彼はスペインへと旅立ったのだから。

文=寺野典子