■両チームとも納得しなかった判断
【Jリーグ規約】第62条[試合の中止の決定]
──試合の中止は、主審が、マッチコミッショナーおよびホームクラブの実行委員と協議のうえ決定する。ただし、主審が到着する前にやむを得ない事情により試合を中止する場合は、マッチコミッショナーおよびホームクラブの実行委員が協議のうえ決定する。

過去にも5回適用されているこの規約。しかし、J1第25節鹿島対川崎戦での適用は異例中の異例といえるだろう。

まず、過去に適用された試合は、台風か雷が原因となっている。しかし、この試合では台風はもちろん、雷警報は付近で出ていたようだがスタジアムにいるサポーターや選手たちの耳に雷の音は聞こえていない。つまり、原因となったのは「大雨によるピッチコンディションの不良により、競技者が安全にプレーすることが不可能となったため」(Jリーグオフィシャルサイトより)だ。

しかし、選手たちはそう感じていなかった。TV画面には芝を指差し「全然できるじゃん」という川崎選手たちの叫びが映り、試合後には「雨が降ってもやるのがサッカーだし、あのピッチなら全然続けられました。勝ち点3を取って帰るつもりで、プラン通りの展開だった。(怒りを)どこにぶつけていいか分からない」(中村憲剛)と川崎の選手たちは不満をあらわにした。

この判断に不満を持っていたのはリードしていた川崎だけではない。
鹿島の岩政大樹も「次がどうなるか分からないけど、どうなっても波紋を呼んでしまう。僕たちは勝ち点3差以上広げて優勝すれば何も文句ないですよね」と、この中断のおかげで優勝したと言われたくないというプライドをのぞかせる。

また、Jリーグの鬼武チェアマンが「現場にいる方々(審判、マッチコミッショナー)の判断が一番正しいと思っている」と審判団を尊重する旨を述べる一方で、「今までの中止例のほとんどは前半(長くても58分)だったし、0−0だった」と困惑の表情を浮かべたように、今回の難しいところは、試合が74分まで行われ、さらに3対1というスコアがついていることだ。

■岡田主審の考え
では、根本的な問題だが、なぜこのような判断が下されたのか。この判断を下したのは、もちろん主審である岡田正義氏だ。
岡田氏は、ピッチ状態が危険と感じ、鹿島の運営担当に見解を求めた。鹿島側からは試合続行可能と助言されたが、岡田氏はその5分後の同74分に一旦試合を中断することを決断した。そして、不破信マッチコミッショナーに「ピッチコンディションが悪く、選手の安全面を考慮して試合を中止したい」と申し出て、規約通り関係者による協議が行われる。結果「最終的にはこちらで判断した」不破マッチコミッショナーが試合終了を決定する。

波紋を呼んだこの判断だが、これは岡田氏の持つ審判の理念そのものだ。
「選手の安全を守り、安全を守るなかでも両方の選手が持っている力を最大限に発揮できる試合にしたい」
1995年のワールドユース・カタール大会、オランダ対ホンジュラス戦。主審を務めた岡田氏は、選手の安全を守るため、危険なプレーをしたホンジュラス選手4人を退場とした。さらに一人怪我でホンジュラス選手がプレーできなくなってしまったため、76分に試合はノーゲームとなった。岡田氏曰く「レフェリー人生で最も辛い試合だった」という。試合後、なにかしらFIFAから注意を受けて、それが辛かったという意味ではない。「選手に90分試合をさせてあげられなかった」、それがレフェリーとして辛かったと悲しそうな顔で語った。

もちろん、退場となるカードを出したことを後悔はしていないが、なにか方法はなかったのかと考えずに入られなかった。その答えが、「最初にもっと厳しくファウルをとっていれば、ホンジュラスの選手もあそこまでのファウルはしなかったのではないかと反省しました。ゲームは最初の基準が大事だという教訓になった」という現在の考え方につながっている。
岡田氏も当然のように90分間選手に試合をさせたいと思っている。しかし、それ以上に安全を守るのが第一だし、安全を守るためには、なにかが起きてからでは遅いという考えがある。

■審判委員会の場当たり的な対応に問題
とはいえ、だからこの判断が正しいとは言えない。
選手の安全を守るためという岡田氏の判断も理解できなくもないが、この天候なら危険ではないからプレーを続けたいという両選手たちの気持ちも当然だ。天候がどうなるかはあの時点ではわからなかったが、結果論で言えば私は試合を続けられたと思っている。

幸いにも悪天候による事故が鹿島スタジアム近辺で起こらなかったこと。皮肉にもそれが、審判団に対する「続けられたでしょ」「あの程度で中止にしたら、今後中止だらけになるよ」などという不信感を生んでしまった。

「主審の判断を尊重する」など、規約どうこうの説明をサポーターは求めていない。
判断したのは岡田氏だが、決断したのはマッチコミッショナーである不破氏だ。だからとといって、この2人だけの問題で終わらせては意味がない。
ゼロックススーパー杯のレフェリングを問題とされた家本政明氏の時がいい例だ。家本氏は、旗を上げた副審の判断を信じて決断し、自信を持って笛を吹いた。また、PK時にGKの前に出る動きを厳しくとるというのは審判団が開幕前にトレーニングでも行っていたことでもある。にもかかわらず、問題が大きくなると、家本氏のみが取りざたされ、審判委員会は彼を守ろうともしなかった。

今回の件こそ、責任者である審判委員長の松崎康弘氏はしっかりとした説明をすべきだし、それが審判団の責任者としての役割ではないだろうか。
今季開幕前に審判団が語っていた「判定を受け入れてもらう」ということ。判定を受け入れてもらうのが必要になるのは現場にいる審判だが、その環境を作るために審判委員会の動きは重要になる。
しかし、現状は審判委員会の場当たり的な対応がサポーターの不信感を増大させている。現場の審判が出場停止になるのならば、審判委員会、特に委員長はその責任を明確にすべきではないだろうか。(了)


石井紘人(いしい はやと)
某大手ホテルに就職するもサッカーが忘れられず退社し、審判・コーチの資格を取得。現場の視点で書き、Jリーグの「楽しさ」を伝えていくことを信条とする。週刊サッカーダイジェスト、Football Weeklyなどに寄稿している。