昔とんぼの旅日記-タイからラオス編(7)
2009年09月09日09時25分 / 提供:PJ
【PJニュース 2009年9月9日】フェイサイを出てから8時間だ。体がこちこちになって、あっちこっち痛てえ。
船着き場に着いたが、途方に暮れた。僕の旅行カバンは野営用具などがつめ込んであるから結構重い。それを持って、船着き場から宿屋までの先、急な崖(がけ)をはい上がって行かねばならない。砂地のところはズルズル滑る。それがかなりの距離なのだ。
その崖を、大きなリュックを担いで、みんなゾロゾロと列をなして登って行く。僕はと言えば、思いかばんを両肩に担いで登ろうとするのだが、ものの10歩と歩かないうちにへばってしまう。カバンが肩からずり落ちるのだ。しまいに、僕一人が眞暗闇の崖にポツンととり残された
年はとりたくねえもんだ、ひとりでぼやいていたら、闇の中から土地者の兄ちゃんがこつぜんと現れた。「担ぎましょうか」と言ってくれた。これは有り難かった。「ホテルは?」 「ここでナンバーワン(一番)のところへ」 「ナンバーワンですか、わかりました」。こんなやりとりのあとたどりついたのが、いまこれを書いている宿だ。なに?というほどのひどいオンボロだ。おそらくこの集落で一番の汚い宿だろう。
俺は「ナンバーワンのところへ」とは言ったが、「ナンバーワンの汚いところへ」と言った覚えはねえぞ。なんのことはない、この兄ちゃんはこの宿の客引きだった。でも荷物を担いでもらって文句は言えない。泊まることにした。一泊600円也。
食当たりがヤバそうだと思ったので、宿の食堂は敬遠し、真っ暗な夜道を懐中電気片手に足元を照らしながら、来る時見かけた古びた印度レストランへ行った。遅い遅い夕食だ。カレーが気のぬけた辛さで、ラオスでは辛さまでが「のんびり、ぼんやり」だ。代金120円也。
宿へ戻ったら暗い階段の下で、さっきの兄ちゃんが立っていた。僕に近づいてきてヒソヒソ声で、「これ、やらない?」、そう言って小さな紙包みを差し出した。見るとヘロインだった。ヘロイン! さすが此処(ここ)はゴールデン・トライアングル黄金三角地帯近くだけのことはある。
ヘロイン中毒の人は何人か診たことがある。禁断症状が目も当てられない。冷や汗タラタラ、ウーッと獣のようにうめき、体かきむしって転げ廻(まわ)る。骨ばっかりの瘦(や)せこけた体、まるで人間の襤褸(ぼろ)切れだ。ヘロイン・コカイン・ヒロポン、みんな人間を荒廃に導く悪魔からの憎っくき贈り物だ。病みつきになったら、悪魔の下僕、召し使いとなる。
「そんなもん、俺は要らねえッ」
吐き捨てるように僕が言ったら、兄ちゃん、「そんなら、これは?」、と別のものを取り出した。今度はハッパ(大麻)だった。大麻は大したことはないが、それでも麻薬は麻薬だ。お手々が後にまわる。ラオスだってマリファナ大麻は禁止のはずだが・・・・。それを言ったら、彼は、「ラオスの此処、安全。大丈夫ネ。向こうのタイでは危ないョ」、と言った。麻薬の取り締まりもラオスは「のんびり、ぼんやり」かァ。
印度、タイ、いや日本でも、こんな麻薬の売人はうようよ居る。ラオスでもとはねェ。みんな憎むべき悪魔の使いなんだから。パテト・ラオの政府さん、しっかりやってよ。「あいつに、ヘロイン禁断症状の惨めな姿を見せてやりたい」、そんな言葉を口の中でブツブツ呟きながら、僕は部屋へ戻った。
ここまで書いたら、もう午前2時だ。明日は今日と同じ船に乗って、再び八時間の苦行となる。もう筆を置いて眠るが、寝不足くらいがちょうどいい。ウトウト眠って行ける。時間が経つのも早いだろう。
マコトに、マコトに、メコンを下るのも楽ではないのであります。
小用を足すために外へ出たら、今夜も空一杯の星だ。びっくりするくらいに星が近くに見える。頭上にカシオペア。カラコルムでは天の河がヒスパー氷河を渡っていたが、ここでは天の河がメコン川を渡っている。寒い。ガタガタ震えるくらい寒い。「北部ラオスでは朝晩は少し冷えこむ」と案内書に書いてあったが、こう寒いとは思わなかった。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。海軍兵学校78期
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船着き場に着いたが、途方に暮れた。僕の旅行カバンは野営用具などがつめ込んであるから結構重い。それを持って、船着き場から宿屋までの先、急な崖(がけ)をはい上がって行かねばならない。砂地のところはズルズル滑る。それがかなりの距離なのだ。
その崖を、大きなリュックを担いで、みんなゾロゾロと列をなして登って行く。僕はと言えば、思いかばんを両肩に担いで登ろうとするのだが、ものの10歩と歩かないうちにへばってしまう。カバンが肩からずり落ちるのだ。しまいに、僕一人が眞暗闇の崖にポツンととり残された
年はとりたくねえもんだ、ひとりでぼやいていたら、闇の中から土地者の兄ちゃんがこつぜんと現れた。「担ぎましょうか」と言ってくれた。これは有り難かった。「ホテルは?」 「ここでナンバーワン(一番)のところへ」 「ナンバーワンですか、わかりました」。こんなやりとりのあとたどりついたのが、いまこれを書いている宿だ。なに?というほどのひどいオンボロだ。おそらくこの集落で一番の汚い宿だろう。
俺は「ナンバーワンのところへ」とは言ったが、「ナンバーワンの汚いところへ」と言った覚えはねえぞ。なんのことはない、この兄ちゃんはこの宿の客引きだった。でも荷物を担いでもらって文句は言えない。泊まることにした。一泊600円也。
食当たりがヤバそうだと思ったので、宿の食堂は敬遠し、真っ暗な夜道を懐中電気片手に足元を照らしながら、来る時見かけた古びた印度レストランへ行った。遅い遅い夕食だ。カレーが気のぬけた辛さで、ラオスでは辛さまでが「のんびり、ぼんやり」だ。代金120円也。
宿へ戻ったら暗い階段の下で、さっきの兄ちゃんが立っていた。僕に近づいてきてヒソヒソ声で、「これ、やらない?」、そう言って小さな紙包みを差し出した。見るとヘロインだった。ヘロイン! さすが此処(ここ)はゴールデン・トライアングル黄金三角地帯近くだけのことはある。
ヘロイン中毒の人は何人か診たことがある。禁断症状が目も当てられない。冷や汗タラタラ、ウーッと獣のようにうめき、体かきむしって転げ廻(まわ)る。骨ばっかりの瘦(や)せこけた体、まるで人間の襤褸(ぼろ)切れだ。ヘロイン・コカイン・ヒロポン、みんな人間を荒廃に導く悪魔からの憎っくき贈り物だ。病みつきになったら、悪魔の下僕、召し使いとなる。
「そんなもん、俺は要らねえッ」
吐き捨てるように僕が言ったら、兄ちゃん、「そんなら、これは?」、と別のものを取り出した。今度はハッパ(大麻)だった。大麻は大したことはないが、それでも麻薬は麻薬だ。お手々が後にまわる。ラオスだってマリファナ大麻は禁止のはずだが・・・・。それを言ったら、彼は、「ラオスの此処、安全。大丈夫ネ。向こうのタイでは危ないョ」、と言った。麻薬の取り締まりもラオスは「のんびり、ぼんやり」かァ。
印度、タイ、いや日本でも、こんな麻薬の売人はうようよ居る。ラオスでもとはねェ。みんな憎むべき悪魔の使いなんだから。パテト・ラオの政府さん、しっかりやってよ。「あいつに、ヘロイン禁断症状の惨めな姿を見せてやりたい」、そんな言葉を口の中でブツブツ呟きながら、僕は部屋へ戻った。
ここまで書いたら、もう午前2時だ。明日は今日と同じ船に乗って、再び八時間の苦行となる。もう筆を置いて眠るが、寝不足くらいがちょうどいい。ウトウト眠って行ける。時間が経つのも早いだろう。
マコトに、マコトに、メコンを下るのも楽ではないのであります。
小用を足すために外へ出たら、今夜も空一杯の星だ。びっくりするくらいに星が近くに見える。頭上にカシオペア。カラコルムでは天の河がヒスパー氷河を渡っていたが、ここでは天の河がメコン川を渡っている。寒い。ガタガタ震えるくらい寒い。「北部ラオスでは朝晩は少し冷えこむ」と案内書に書いてあったが、こう寒いとは思わなかった。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
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パブリック・ジャーナリスト 石川 信義
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