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『無名の偉人』とは、人ぞれぞれの経験や体験を聴くインタビューです。世の中、名のある人間ばかりが功績を残しているのではなく、誰もがそれぞれの誇りを持って生きている。その人知れず紡がれたささやかな物語を紐解く。それが、インタビュー『無名の偉人』です。

初回は記者が『無名の偉人』を書くに当たって、最初にインタビューを行った人物。貞末陽介氏をご紹介します。貞末氏は杉並区阿佐ヶ谷にあるバー『GAMUSO(我無双)』の店長。記者とは新宿ゴールデン街で出逢い、初対面にして息統合。もっと彼の話を聴きたいと思うところからインタビューはスタートしました。

1、現在のご職業と、そのお仕事に就かれた経緯を教えて下さい

現在、東京杉並区阿佐ヶ谷のart&music bar『GAMUSO』というお店で店長をしています。お店は普段、バーとして営業していますが、週末はバンドのライブがあったり、クラブイベントをやったり、最近は落語の独演会があったり、いろいろなイベントをやっています。イベントスペースはギャラリーとしても、壁にいろいろな方のアート作品を飾っています。

お店に入った経緯は、自分がバンドをやってた頃、たまたま阿佐ヶ谷に練習に来た時に、このお店を知りました。今から6年前です。一人で飲みに来たら、当時のオーナーの奥さんが「週末だけ手伝わない?」と声を掛けてくれて、そのまま現在に至っています。

2、なぜ、このお仕事を続けているんですか?

声を掛けて頂いたオーナーのご夫婦は、ご主人がアメリカ人で、癌の療養のために、アメリカに帰られました。その後に現在のオーナーが経営を引き継いでくれて、それで自分は仕事が出来ています。そのご恩返しもあって、このお店をより多くの人に知ってもらえるようにがんばっています。自分が守るって決めたからですかね。

3、今までの人生で経験した特別な経験ってありますか?

そうですね。高校卒業して、アメリカに留学したんです。行った学校はアイダホにあって、お金払えば誰でも入れるようなところでした。アイダホはメキシコに近くて、すごい田舎なんですよね。メキシコが近いから、黒人よりもヒスパニック系の人が多い町で、差別意識が強いんですよ。「ヘイ!ジャップ!」って、「おい!サル!」くらいの意味合いで言われて、最初は頭に来ていましたね。それまで山口の地元しか知らないのに、いきなりアイダホとか行っちゃったから、差別とか偏見を肌で感じました。こういう現実があるんだなって。

それである時公園を散歩してたんです。出逢ったメキシコ人にタバコを吸うから「火を貸してくれ」と言われて、ライター貸してあげたら、「お前いい奴だな」って言われて「今晩、迎えに行くから遊びに行こう」って言われたんです。それでその夜待ってたら、実はそのメキシコ人、『MS13』ってギャングだったんですよ。ギャングであることは後に分かったんですけど、迎えに来たのが物凄いイカツイメンバーで、車に乗っけられて、山の中とか入って行くんです。ボコボコにされるじゃないかと思ってたら、キャンプで飲み会みたいな感じでした。

「陽介、お前はいい奴だ」とか言われて、そのギャングの名誉会員とかにされちゃったんですけど。日本に帰ってよくよく調べたら、本当はそのギャング、メンバーになるために『儀式』というのがあって、

◆ メンバー全員にリンチされる

◆ 敵対しているチームのメンバーを刺してくる

というのをやらないといけないらしいんですけど、何だか知らないけど名誉会員になって、何もなく帰って来ました。無事に帰って来られてよかったです。

4、人生の転機になった出来事はありますか?

21か22歳くらいの頃、めちゃめちゃ悩んでた時期があったんです。「誰も自分のことを分かってくれない」って勝手に感じてた時期がありました。誰にでもあることなのかも知れないですけど。

それで悩んで悩んで、「俺なんか死んじゃえばいい」って思ったんです。死ぬことに何の根拠もないんですけど、夜、眠れないほど悩んでたんです。

「明日死のう」と決めて迎えた翌朝、物凄くいい天気だったんですね。それでベランダに立って、「ヨシ!」と思ったら、おなかがグ〜って鳴ったんです。腹減ったなと思って、とりあえずメシを食うことにしました。それで、弁当2個食べたら、寝ちゃったんですよ。食べてすぐに。

眠れないほど悩んでたクセに、メシ食ったら眠れたんで、バカバカしくなって、死ぬの止めました。死ぬほどの気持ちで悩んでも、弁当食ったら眠れたんで、悩む意味ないなって、その時に思ったんです。それから考えても無駄なことは考えないって決めました。

無気力だった自分でも出来ることはあるから、出来ることからやろうと思って、今の仕事、バーテンダーをやるようになりました。

あの出来事が転機だったと思います。

5、これからの目標について教えて下さい

このお店をしっかり守って行きます。自分を見出してくれた店だから、しっかり流行らせて行きたいと思います。それでお金を貯めて、いつかは自分の店を作りたいと思います。正直、給料安いし拘束時間長いんですけど、就労条件に関係なく、しっかりやって行きたいと思います。阿佐ヶ谷に『GAMUSO』があるんだってことを、世の中に知られるようになったら、今度は自分で、また知らない土地に行って、新しい店をやって行きたいと思います。

今までもジタバタやって来ましたから、これからもジタバタやって行きます。

気さくに話す貞末さん。しかし、その明るく話す言葉の裏側には、留学経験を通して知った自らの存在の小ささ。そして、『死』を覚悟した時から垣間見えた『生』の実感。深く悩んだからこそ、『悩む』ことの無意味さに気付き、悩みへの執着を捨てるその姿勢を、非常に快く感じました。帰国されたオーナーへの義理立てる心意気も心地よいです。久しぶりに出逢った男らしい男性でした。

<インタビューの全文を読む 『無名の偉人』 貞末陽介氏>

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