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昔とんぼの旅日記-ウズベキスタン編(19)

2009年07月04日06時46分 / 提供:PJ

pj
昔とんぼの旅日記-ウズベキスタン編(19)
(画:石川信義)
【PJニュース 2009年7月4日】ひとりになって、夜空の星を見上げながらホテルへ帰ってきた。来たころ半月だった月が、だいぶ丸くなっていた。

フロントで鍵をもらおうとしたら、ここの支配人に声をかけられた。

「明日はサマルカンドでしょう? なんなら私の車で行きませんか? 直行なら50ドル、シャフリサブズに廻(まわ)って、そこを観光してから行くのでしたら、70ドルです」

え、シャフリサブズ? シャフリサブズと言えば、チムールの生まれ故郷ではないか。思わずそう言ったら、支配人は、「そうです。あそこにはチムールの墓もあって、20世紀なかばに発見されました。当時、シャフリサブズはサマルカンドに次ぐ第二の都でした」と説明した。

チムール。中央アジアの英雄だった。

一代で、地中海からガンジス河に至る巨大な帝国を築きあげた。ジンギスハーンの末裔(まつえい)だと自ら名乗り、ハーンの破壊したサマルカンドの町を再建した。アンカラ? いやアンゴラの戦いで、あの強大無比のオスマントルコ軍を打ち破った。中央アジアはおろか、遠く明の国まで攻め入らんとした。明への遠征途上で彼は死んだ。

その墓がシャフリサブズにある? サマルカンドにあるのだとばかり思っていた。ほんとなの?

チムールに大いに興味をもって僕はこの旅行にきている。出掛ける前も、クラヴィホというスペイン使節がチムールと謁見(えっけん)して書いた、「チムール帝国紀行」を古本屋で探して読んできた。それに、インドを訪れる度、いつも感嘆の声をあげるタージ・マハール、あれだってチムールの子孫が作ったものだ。チムールなかりせば、タージ・マハールもこの地上になかった。僕としては、彼の生まれ故郷とその墓を見逃すわけにはいかない。

それにしても、サマルカンドへの道を一寸(ちょっと)迂回(うかい)するだけで、シャフリサブズに行けるとは思ってもいなかった。迂闊(うかつ)だった。僕はあっという間に明日の予定を変更した。

「明日は、この支配人氏の車でシャフリサブズに行き、そこへ泊まろう!」

彼の言い値50ドルを45ドルに値切って、商談が成立した。シャフリサブズまでは300キロ、5時間だ。町のタクシーなら30ドルくらいで行くだろうが、まあいいと鷹揚(おうよう)に構えた。それというのも、このホテルがカードで支払えるからだ。おまけにこの支配人氏の人柄も面白そうだし。

だいたい、ブハラ第一のホテルの支配人が、他の従業員の見ている前で堂々と白タクの運ちゃんに変身する。この国の仕組みはいったいどうなっているんだ? アッラーの神のみぞ知るか。

部屋に戻って、この旅で自らに課した呉清源大国手「打碁集」のお勉強をした。これはどまじめで碁の本と向き合ったことはない。結果、目からうろこ、思いなしか碁の腕前が少し上った気がする。

それにしても、呉清源という方はけた外れの人だ。若くして新布石で革命をもたらし、旧来の碁の見方や考え方を根底から覆した。不世出の天才と唄(うた)われたが奢(おご)らず、生涯を囲碁一筋、九十余歳の今日まで日夜研鑽(けんさん)を積まれている。驚くべきことに、いまなお瑞々(みずみず)しい感性を保ち、碁界に新風を吹きこんで「二十一世紀の碁」という第二の革命を起こした。囲碁界トップ棋士にこんこん懇々と「碁の心」を教える。この方こそ「求道者」そのものだ。

中国、台湾、韓国の碁界は今でこそ日本を凌(しの)ぐ勢いだが、それも師あってのこと、あらゆる国の人が師への称賛を惜しまない。

そもそも、「国手」という称号は偉大な医師や棋士を現すものだが、「大国手」という称号が贈られたのはこの方が初めて。贈ったのは台湾だった。これを知って周章狼狽(ろうばい)したのが中国、これ以上の称号を贈らんとしたがこれ以上のものはない、やむなく二カ月遅れで「大国手」の称号を贈った。まるで、中国と台湾で呉清源さんの取りっこだ。師がいかに偉大な人かの、これは証左だろう。

こんなすごい人の本を、たとえ一時間でも毎日勉強しているのだから、これで腕が上らなかったら、いかに囲碁の才が僕に無いかの証左だ。上らなかったら碁を止めちまうか? いいえ、やめられません。こんな面白いもの、やめられるわけがない。今夜も夢の中に、白と黒の石が飛び廻(まわ)るだろう。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、心病める人たち 開かれた精神医療へ岩波書店(1990年)、鎮魂のカラコルム岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』『精神病院を語る』(共著)『開かれている病棟おりおりの記』(以上、星和書店)などがある。書評は(中日新聞)鎮魂のカラコルムなど。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 石川 信義

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