先日、自分のブログで『テレビの二つの原罪』と題したエントリーをアップした。これを読んでいただいたコメント、最近読んだ本の内容などを合わせて、もう一度考え直してみた。テレビの原罪はどうやら三つあるようだ。

あるテレビプロデューサーの告白


とあるセミナーで、引退されたテレビプロデューサーがしみじみと語っておられた(→ http://d.hatena.ne.jp/atutake/20090511/1242007988)。自分は30年間、どっぷりとテレビ業界に浸かり、数多くの番組を世に送り出してきた。もちろん、そのことを誇りに思う。しかし、テレビ業界を離れて世の中を見るとき、取り返しのつかない罪を犯したかもしれないと。


彼がいう罪は二つある。視覚(+聴覚)への過剰依存状態へと多くの人々を導いてしまったこと。もう一つが「東京的価値観」による全国均一化である。


視覚への過剰依存状態


テレビとは、圧倒的な視聴覚メディアである。制作者は、視聴覚をフルに刺激するおもしろい番組を作ろうと必死に努力する。だから、放送される番組は、それなりにおもしろい。おもしろい番組を流し込まれ続けた結果、視聴者に何が起こったか。


毎日毎日、テレビからあふれ出してくる膨大な番組を見続けているうちに、人は五感のバランスを狂わせてしまった可能性がある。テレビが刺激するのは、ひたすら視覚であり聴覚である。


人間の五感はそもそもテレビありの世界を前提として備わっているものではない。本来なら過酷な自然の中で生き延びるために研ぎ澄まされてきたのが、人間の五感だ。にもかかわらず視覚と聴覚だけが異常に偏って刺激され続けるとどうなるか。


視覚、聴覚はおそらく発達し(といってもテレビオリエンティッドに)、相対的にその他の感覚は衰える可能性がある。使わない感覚は少なくとも発達しないし、刺激を受けなければ衰退する可能性が高い。これがテレビの原罪,その一である。


東京的価値観の全国制覇



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