渡辺千賀のはたらけシリコンバレー 行きたいところに行ける人生(1/2)
堀本眞裕子さんは現在、シリコンバレーで弁護士として働いている。日本で大学卒業後、日立の知財部で働いた後、サンフランシスコのロースクールに通ってカリフォルニア州の弁護士資格を取得し現在に至る。
■理転はできないが、文転はできるから理系へ
7歳から9歳まではニューヨークのロングアイランドで暮らした。日本のメーカー勤務の父親が駐在員となったためだ。現地で通ったのは公立の小学校。学校には日本人がもうひと家族いただけで、最初は全く言葉がわからず泣きながら登校する毎日だったが、最初の数週間は通訳をしてくれる補助の人がきてくれた。2年目が来る頃にはほとんど問題なく学校生活が送れるようになった。
同じ時に、お姉さんは11〜13歳、弟は3〜5歳をアメリカで過ごした。英語が一番身に着いたのはお姉さんで、帰国後にすっかり忘れてしまったのは弟だった。
帰国後は長野県の小諸市に戻った。家から学校まで3キロ半離れているような田舎だったこともあり、帰国当初はいじめられて大変だったが、すぐに学年があがってクラス替えがあり、いじめも解消、楽しい学校生活に戻った。その後、東京に引越し、そこで中学に通う。
高校は慶應女子に進学した。そのまま大学も慶應へ。理工学部物理学科を選択した。
「子供の頃からねじをあけたりするのが好きでした。やっぱり理系の素養があったのかも。でも、専攻を決めたのは『理転はできないけど、文転はできる』という理由でした。このときに限らず、いつも『選択肢を広げる』というチョイスをしてきたと思います。結果的にはその『もうひとつの選択肢』を選んだりはしないんですが」
と語る堀本さん。
■父親と同じ道へ
1999年に卒業、日立製作所の特許部へ就職した。
堀本さんのお父さんもメーカーで特許の仕事をしていた。子供の頃からファザコンだった堀本さんは、高校生の頃から
「父親と同じ仕事をしたい」
と考えていた。当時、バルク採用ではなく特許部限定という採用の仕方をしていたのは3社しかなく、そのうちのひとつだった日立を選んだ。
「父親も物理出身で特許の仕事をしていました。なので、自分も同じように物理を勉強して特許の仕事をするんだ、と思っていました。特許の仕事に必要なのは『法律・技術・英語』。ただし、法律のところは手続きにかかることなので、法学の素養はそれほどいりません。」
日立での特許の仕事は心の底から面白かった。
その後、アメリカのロースクールに通いながらインターンとしてアメリカのアップルやソニーでの特許の仕事も垣間見たが、日立での仕事は格段にやりがいがあるものだった。
まず、会社が大きい。大きいだけでなく、特許を活用することにかけて、世界でも最もアクティブな会社のひとつでもあり、特許料収入で見ても日本でトップクラス、世界でも有数だ。それだけの規模があると、守り・攻め・ライセンス交渉など、ありとあらゆる仕事ができる。そこまで徹底的に特許を活用しようとする会社以外では、特許部の仕事は「特許を取る」だけで終わってしまう。
特許で利益を生むには
1)良い内容の特許がある
2)良い交渉が出来る
という二つが必要だ。そして日立は、この二つのどちらもが優れていた。交渉に関しては、どうやって出願するのか、どうやって特許を生かし続けるのか、どうやって他社を訴えるのか、どうやって他社からの訴訟に対応するのか、そうしたことを次々に行い続け、それを相互に活用し続けるフィードバックのループが鍵だが、日立ではそれが確立していた。
300人の大所帯の知財部には、インターナショナルな交渉を丁々発止で行えるスーパーネゴエシエイターもたくさんいた。
「アジアンマフィアみたいで本当にクールでした」
と笑う。アジア各国やアメリカに出張しながら、そうした切れ者の働き振りを目の当たりにした。
■運命のアメリカ駐在
入社5年目の2003年、日立とIBMとの合弁のストレージの会社に駐在になった。渡米したのは夏。場所はサンノゼのすぐ隣のキャンベルだ。毎日底抜けに青い朝、日差しは強いが湿度は低く汗もかかない。
「とにかく、もう、シリコンバレーの天気にやられてしまいました」
と言う堀本さんは、もともと
「いつかは海外で働きたい」
とは思っていたのだが、「天気KOパンチ」で、決定的に「このままここで働き続けたい」と思うようになる。
駐在先の合弁会社の特許部には15〜16人いたが、堀本さん以外は全員元IBMのアメリカ人特許弁護士だった。その同僚たちに、
「私アメリカでやっていけるかな?」
と聞くと、
「you can do it!!」
と太鼓判を押され、
「なんでもポジティブに言うアメリカ人に乗せられてしまいました。」
■自分を守れるのは自分だけ
とはいうものの、1年もたたずに日本に帰国することになる。日立での仕事は楽しかったし、世話になった上司も沢山いて、とても
「会社を辞めてアメリカに行きます」
とは言えない。なんとかもう一度アメリカに駐在にいけないだろうか、と模索したりもしたが、そうこうしているうちにそりの合わない上司の下につくことになってしまった。何をやっても文句しか言われない。いろいろな問題が起こり続けた。堀本さんが、アメリカの合弁会社との交渉の中核になっていたのも、その上司の気に入らなかったようだ。だんだん精神的に参ってきたところで、いきなりその上司に
「事務の仕事にするから」
といわれ、事実上降格に。役職こそ同じままだが、それまで、交渉のとりまとめなどをやっていたのがいきなり事務。精神的にも相当追い詰められていた堀本さんは
「このままここにいたら死んでしまう」
と思い、会社を辞めることにした。
しかし、辞意を伝えると、「それなら」ということで、同じ知財部のライセンス部の上司が誘ってくれて、そちらに異動となった。
結果的には会社の温情に触れることになったわけだが、そりの合わない上司の下にいる間に、堀本さんの気持ちは既に動いてしまっていた。
それまでは
「アメリカに留学して、そのままアメリカで働きたいが、お世話になった人たちがたくさんいる会社を辞めるなんてできない」
と強く思っていた。
しかし、上司との軋轢に苦しみ辞意を表明するところまで行く過程では、誰も助けてはくれなかった。
「人の諍いはどちらが悪いか周りからはわからないもの。なので仕方ないですが、当事者になってわかったのは、結局自分を守れるのは自分だけ、ということでした。周りに気を使って自分を押し殺しても仕方ない、と自覚しました。」
■ロースクールへの道
辞意を表明した後に引き受けてくれた新しい部門の上司はすばらしい人で、まさに「命の恩人」だったが、それはそれ、これはこれ。アメリカのロースクールに留学するための準備を進めることにした。
準備には1年半かかった。まずはLSATの勉強。LSATはロースクールのほとんどが採用している共通テストだ。受験勉強には7ヶ月ほどかけた。仕事も続けていたので体力的にはきつかったが、夢があったので全然辛くなかった。
「ロースクールに入って、バラ色のアメリカ暮らし!と思ってアドレナリンが出てましたね。」
TOEFLも必要な学校があったが、TOEFLは、LSATの準備ができればごく簡単にいい点がでるので、大して勉強しなかった。TOEFLで出る小論文のテーマが いくつか決まっているので、それぞれのテーマごとに、何をどう書くか練習しておいたくらいで終わり。この二つの点がそろった後は、これまで一緒に働いた人たちに推薦状を書いてもらい、願書であるところのアプリケーションを書き、全てを学校に送って受験は終了。
この頃、実は、駐在時代の同僚との遠距離恋愛が始まっていた。「同僚との恋愛はしない」という頑なな信念を持つ彼は、堀本さんに好意を持ちつつも、つかず離れずの関係だったのだが、堀本さんが日本に帰ってから、よく電話が来るようになった。そして、堀本さんが特許部からライセンス部に移ったことで、「これで同僚ではなくなった」と判断した彼に交際を申し込まれたのだった。
「アメリカに行くなら彼の近くに」
と思った堀本さんは北カリフォルニアのロースクールを7校受け、いくつか受かった中で、University of San Franciscoに通うことにした。「彼がいる」というだけでなく、アメリカで特許関連の仕事をするのだったらシリコンバレーかワシントンDCかシカゴが中核で、そのひとつだったこともある。
University of San Franciscoにした理由は、生徒がフレンドリーなことで有名だったこと。ロースクールというのは、生徒間の競争が激しく、「課題ができないように教科書を破り合う」「図書館の本を隠し合う」など、生徒同士が足を引っ張り合い、「学校に友達が10人いたら多いほう」といった学校がままある。(弁護士になった後は、専門ごとの狭い社会でもあり、2ホップくらいで誰とでも知り合い、ということもあって、みんな親切になるのだが。)そんな中で、University of San Franciscoのロースクールはかなり温和なムードが漂う。
留学先も決め、会社に退職を告げた。「命の恩人」の上司に
「せっかく助けていただいたのに、こんなことになって申し訳ありません」
と謝ったところ
「社内にいるからできる貢献、やめて海外に行ったからできる貢献がある」
と言われ、涙が出た。
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