年俸制を機能させるためには「評価制度」が大事だという展開をする人が多い訳ですが、これは思考停止。評価の仕組みと腕を磨いても、いつもいい人とそうでない人がはっきりしているのであれば、年俸制が生産性や意欲の向上に寄与することはなく、単に人件費をコントロールできるようにしただけの結果に終わります。

年俸制は単に支払いシステムに過ぎないというのは、その通り。年俸制はおおざっぱに言えば、給与から成果対応でない三つの要素(残業代や休日出勤手当などの時間対応手当と、定期昇給など自動昇給部分と、家族・住宅・資格など属性対応手当)をなくしただけのこと。これらをなくしただけで人や組織が良い方に変わる訳がないというのは、専門家に言われなくても分かる当たり前のことです。

なので、年俸制を機能させるためには「評価制度」が大事だという展開をする人が多い訳ですが、これは思考停止です。手当がなくなるということは、評価が反映される部分が大きくなるので、評価が大事ですということまではその通り。でも、だからといって年俸制がうまくいかないことを評価の仕組みと評価者のスキルの問題だけに帰結させるのは、安易と言わざるを得ません。つまり、評価の問題を解決すれば年俸制が機能し始めるという結果にはなりません。

本質的な問題は、評価結果が硬直化してしまっていることにあります。いい人はいつもいい、普通の評価、良くない評価を受ける人がいつも大体同じになってしまっていることにあります。評価の仕組みと腕を磨いても、いつもいい人とそうでない人がはっきりしているのであれば、年俸制が生産性や意欲の向上に寄与することはなく、単に人件費をコントロールできるようにしただけの結果に終わります。


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