漫画界不朽の名作「銀河鉄道999」。ストーリーを知らなくとも、主人公のフルネームを知らなくとも、「メーテル」だけは知っているという人は多いはずだ。

 主人公「星野鉄郎」は機械人間に母を殺され、雪原で力尽きる。鉄郎が意識を取り戻した時、傍らには優しく微笑む美女・メーテルがいた。機械の体がもらえる星へ行くという鉄郎にメーテルが差し出したのは、めざす星までたどり着ける銀河超特急「999号」の定期(パス)。高額な料金の代わりにメーテルが要求したのは『いっしょにつれていって』くれることだった。

 絶望に膝を折る少年に救いの手を差し伸べ、さらに彼の望みを果たす手助けをしてくれる。その存在はヒロインといった生半可なものではなく、もはや女神に近い。

 旅の途中で立ち寄る星ごとに起きる事件により、鉄郎は少しずつ成長していく。いくつもの異なった価値観にさらされるのは10歳やそこらの少年である鉄郎にとってはそれこそ天地がひっくり返るような衝撃であろう。しかし鉄郎が大きく道をそれることはない。それは作中にはっきりと描かれているわけではないが、メーテルの力によるものだと私は信じている。

 メーテルは鉄郎を導くことはしない。ただ、ひたすらに見守り続けているだけだ。それでいてここぞという時にはしっかりと道を示しており、鉄郎の足元と行く末を照らしている。男とは、人生とはを適度に教え、自分で考える余地を残す。そうしてメーテルは鉄郎が大きくなっていく様を、絶対的な優しさで包んでいるのだ。それはさながら999という名の鳥かごで小鳥の世話をしているよう。鉄郎がかごから飛び立っていく日が来るのを知りながら、メーテルは鉄郎と旅を続ける。

 鉄郎がメーテルに抱いている想いは、思慕とほんの少しの恋心。少なくとも“アンドロメダ編”までは、初恋、といったものですらない。メーテルはそれを知りつつも、鉄郎に恋をしていた。私はそう考える。

 ここから先、最終話について言及するので注意していただきたい。

 作中で、メーテルの黒い衣装は(おそらくこれまでに旅をしてきた少年たちに対する)喪服であると示唆されている。しかしそれは最終話で自身の恋に対するものに変わったのではないか。一度は弔いの衣を脱ぎ捨てたメーテルを、鉄郎はその残酷なまでの優しさから受け入れなかった。再び同じ衣装に身をまとったメーテルは悲しく微笑み、自らを『想い出の中にだけいる女』とした。

 メーテルの存在は、作中の台詞である『少年の日の心の中にいた青春の幻影』に凝縮されている。鉄郎の言葉を借りれば『この世でいちばんやさしくてきれいな』メーテル。どれだけ完璧でありながらも、少年にとって幻影の域を出ることはなかった女神。そしてメーテルはこれからも、作品を読んだすべての少年読者の幻影であり続ける。自らの恋を宇宙空間に漂わせたまま。

(編集部:三浦ヨーコ)


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